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2005年5月

2005年5月20日 (金)

あ、

今日(だからすでに「昨日」だっての)は、何とか大丈夫でした。鬱は出てきませんでした。その代わり、仕事はバスで移動していたんですが、移動しながらPCを打つ必要があって、打っていたら、気持ち悪くなってきました。ま、何とか持ちこたえましたけどね。

どうも、ブログ以外の方からいろいろご心配をいただいたみたいです。ありがとうございます。何とか体にも精神にも無理をかけない範囲で頑張ります。

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2005年5月18日 (水)

出勤途中で鬱が出る

今日、出勤の電車に乗って、たまっている仕事のことやら、個人的に気がかりになっていることなどをあれこれと考えていたら、何とも表現しがたいやたら鬱々とした気分と、漠々とした不安が突然、そして急速にふくらんできて、頭のなかがいっぱいになってしまいました。

電車が途中の駅に止まるたびに、「ここで降りてしまいたい」という衝動的思いが頭を占め、「とにかく職場に行って、仕事に手を着けなきゃ」(正確には未着手ではなくて、やりかけが多いんだけどね――それはどーでもいい)と自分にとにかく言い聞かせているうちに、電車が発車し、また次の駅で同じことを繰り返し………とやっているうちに、乗り換えの終点駅に着きました。着くまでに何度電車を降りようと思ったか、、、

もう3~4年前の話ですが、仕事がバタバタしていて、夜寝ても2時間おきに目が覚めてしまうことがありました。ちょうど「会社」ぐるみでかかっている総合病院の精神科に行って、睡眠剤と念のための抗不安剤(「ソラナックス」というヤツです。知ってる方は知ってるね)を処方してもらいました。その医者からは「早く寝れ」「酒を飲むな」と言われるだけで(それが大事なのを否定するつもりはありませんが)、仕事がたまっていて早く寝付けない状況をどう解決していけばいいのか、といった点については適切な助言がなく、私にとってはどうも信頼できない感じがして(私には、なので、他の人にどうかは知りまへん)、やがて行かなくなり、しばらくしたら、2時間おきに目が覚めることも少なくなった(なくなってはいません)ので、そのままにしていたんですが。

あ、念のために。私は「うつ病」と診断されているわけではありません。

で、話を戻すと、乗り換え駅に着いて、以前もらってちょうど余っていた抗不安剤を3回分ガバッと飲んで(よい子は真似してはいけません!)、ヨロヨロと職場に出ました。まだ気分が悪かったので、同僚に状況を説明して、昼まで近所の喫茶店に避難して(ここで店の奥の静かでいい席を確保したと思ったら、その直後に近くの席にリーマンオヤジが2人座って、でかい声で話し始めやがった。ウルセんじゃゴルァ!!)、やっと午後少し出先に出かけました。

今日はたまたま外を動き回る仕事でなく、室内で開かれる会議を聞いているのが仕事の中心だったので、何とかメモを取りつつ聞いておりました。

問題は今日の仕事より、むしろ明日なんですよ。明日は仕事で朝から東京の臨海部に行って歩く必要があるんです。こちらの方がずっと不安です。

今日の夕方、やっとの思いで出先から戻ってきたら、遅番で出てきていた上司がいきなり、「明日のことなんだけどさあ」と指示をくれようとしたので、私は手にしていたPCの電源アダプタを、思わず床に叩きつけて「後にしてもらっていいすか」という口調で返してしまいました。また抗不安剤を2回分飲んで(再び。よい子は真似してはいけません!!)、少し落ち着きましたけど。彼は、まあ私がそんな状況だとは思っていなかったのでしょうが、でも昼に彼あてに簡単にメールを打ったから全く知らないはずはないんだよね。

それにしても正直なところ、明日は憂鬱です。天気は晴れて暑くなるみたいだからいいけどね。でも気が滅入った状態から少しは回復できているかなあ………。

近いうちに、“ズル休み”でもして休ませてもらおうかな………。というより、本当に休まないとまずいのではないかという気さえしています。これから7月にかけて忙しくなるのに。でも、今の時点でも既に忙しくなってきているんだよね………。どうしよう………。

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2005年5月16日 (月)

友達の結婚

これもまた昨日の話ですが(またかよなんて言わないで^^;)、学生時代、サークルでいっしょにのたくってた同期の友達♂が7月に結婚することになり、結婚パーティーの実行委員会(正確には、そのための打ち合わせ会合)に行ってきました。

彼は学校を卒業後、教育関係のボランティアをしながら教師をめざし、苦節ウン年の末にやっと昨年、念願の教師になりました。お連れ合いは何でも、そのボランティア活動のなかで出会って、数年にわたるお付き合いを続けてきたそうです。←彼女が昨日、そう言ってました。彼は私たち学生時代の友人連中が集まった宴会でも、ずーーーーっとそ知らぬ顔をしていたくせに^^。

学生時代、サークルで会議をやったら、「来る」と言ったまま行方をくらまし、後で部室に「ごめんっ」とのみ――「のみ」だ!!――書き置きしてチーズ入りフランスパンを残していくは、学習会をやったらB4判わら半紙に3行だけ単語を書いて、「レジメ」だと抜かすは、腕相撲が強くて、後にさらに強い後輩が入ってきたときに、勝負して負けて落ち込むは、………と、さまざまな「伝説」に事欠かない友人です。みんなで呑んだ時などに「教師になりたい」という話をしていたものの、教員試験の倍率が極めて厳しいなか、しばらく団体職員の道に進みましたが、やがて、アルバイトをしながら受験をめざす道に戻っていきました。

教員に対し、行政が統制のための厳しい圧力を加えていて(最たる例が東京都)、「子どもたちの目線で、子どもたちと向き合う」という姿勢を貫くことは大変な昨今ですが(もちろん教員の一部に、資質に問題のある人々がいることは事実でしょうが、それは統制によって解決される性質のものではないのではないか、と私は思っています―本題から思いっ切り外れるのでこれだけにしますね)、彼は「子どもの目線で」という姿勢に努めていました。ボランティアでもそうだったようで、会合でもそんな話が出ていました。彼女もそういうところに魅かれたのでしょう、多分。

私自身、これから7月にかけて、仕事が忙しくなるので、準備過程でどこまで手伝えるかきわめて不安なのですが、できるだけのことをしたいと思っています。

それにしても、私が友人の「結婚を祝う会」などの準備に参加するのは、これで6組目か7組目になります。今から8年前、準備に初めて参加した時(前記の彼や私も参加していたサークルの同期同士による結婚)は、なぜか実行委員長まで務める羽目になり、もう大変でした。

………なのに! 私自身はな~~~~~~~~んも音沙汰がない!! 気配すらない!!! いやむしろフラレ続き!!!! 何ゆえ?

……………………まぁ、それは私のこの粗暴でエーカゲンで優柔不断な、そのくせコチコチに固い性格に起因するところが(泣)

まあ、いいんだ^^;。いいんですっ(ちょっと涙目)。とにかくH氏、おめでたう。

当日は、数々の「伝説」を全部バクロしてやる^^;。ふっふっふっふ(こういうところがイタイのやね^^;)

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2005年5月 9日 (月)

久々に「資本論」講座の話

久々に、「資本論」講座(東京学習会議主催)の話。ってゆーか、これまでちゃんと書いていなかったなあ。

今回から第2篇「資本の回転」です。資本は、

貨幣(G)―商品(W)【労働力(A)と生産手段(Pm)】…生産過程(P)…商品(W’)―貨幣(G’)

という循環運動をへてその価値を増殖するわけですが(ここで想定しているのは産業資本です。商業資本や利子生み資本=金融はまだ登場しません)、この循環運動をGの循環運動、Pの循環運動、W’の循環運動という3つの角度から分析を加えたのが、第1篇「資本の循環」でした。

資本は、実際にはこの循環運動を次々繰り返して、価値増殖を続けていきます。第2篇では、この循環運動の繰り返し(これを「資本の回転」といいます)について分析するわけです。

講師は辻岡靖仁氏(労働者教育協会の前会長)です。

今日は、おもに第2篇の前半部分、<固定資本>と<流動資本>の概念についての話でした。マルクス経済学では、資本主義的な生産過程で、労働力がその消費、つまり労働によって、新しい価値を作り出すとともに、生産手段(現代の例では工場、機械、原材料など)を使ってその価値を生産物に移すととらえるわけですが、この過程で、労働手段(上記の例では工場や機械)は何度もの生産過程で繰り返して使用され、寿命を終えるまでの間にその価値を少しずつ生産物に移転していきます。この部分を<固定資本>といい、それ以外の部分(例では原材料と、労働力)を<流動資本>といいます。流動資本は、1回の生産過程で、全て消費され、次の生産過程が始まるさいには、また新しい材料が補填されます。(労働力の場合は、生活により労働者の労働力が消費可能な状態に回復される)

固定資本は摩滅する(摩滅のし方は大別して①使用による場合≒すり減る②自然力の作用≒サビる③社会基準上の摩滅≒遅れる―があります)と次の固定資本を補填しなければなりません。また、摩滅するまでに掃除をしたり補修をしたりしてその価値を維持する必要があります。また、補填する場合もいきなり大枚はたいて機械を買うなんて大変ですから、現有固定資本の摩滅とともに、更新のための積み立て(準備金)をつくっておく必要があるわけです。(信用が発達すると、この準備金が銀行へ預けられて、他の資本の一部として機能することにもなりますが、ここではまだ研究の対象となりません)

ところで、<固定資本><流動資本>という概念は、別にマルクスが作り出した概念ではなく、古典派経済学から使われてきました(現在でも時々使われますよね)。ただ、古典派の巨人であるアダム=スミスやデヴィッド=リカードウは、この概念について混乱した把握をしていました。

古典派経済学初期の重農主義経済学者のフランソワ=ケネーは、農業労働のみを生産的労働と把握しましたが(工業労働は「不生産的労働」としていました)、生産階級(農業者)は「耕作の創設の資本」である「原前貸し」(「原前払い」ともいいます)を投じ、毎年の売り上げから回収していました。また、年々の耕作のために「年前貸し」(同様に「年前払い」とも)を投じるわけです。この「原前貸し」「年前貸し」が固定資本、流動資本に相当します。

スミスは生産労働に農業労働だけでなく、工業労働をも包含し、概念を一般化しましたが、理論的には<流通形態にある資本>と<流動資本>とを混同したり、<持ち手を変えるかどうか>という規定を持ち込んだりと混乱し、マルクスは「かえってケネーより後退した」と指摘しています。リカードウもスミスを基本的に継承し、この混乱も引き継いでいます。

………というのが、今日の内容でした。(長っ!!) まぁ、このあたりはマルクスがかなり整理した規定を行ったので、むしろ古典派がどう把握しようとしていたかをつかむのに苦労する以外は、特段、錯綜した印象はないんですけど、以前メモをつくってたとき頭を抱えたのが、ここから先。資本の回転時間についての規定を行ったあとの、資本前貸しの大きさと回転期間との関係などについてあたりが厄介だったなあ。例えば、「資本の遊離」についてのマルクス、エンゲルスの把握について、最近になって疑問が出されたり(不破哲三『「資本論」全3部を読む』④新日本出版社)。その辺をめぐる講座は次回か次々回あたりになるのかな?

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2005年5月 7日 (土)

直下地震

今まで寝ていたんですが、ついさっき、グラッと揺れがきて、目が覚めました。揺れる時間を数えようと、枕もとの時計を取ってみましたが、揺れは一瞬でおしまい。かなり近いな、と思いながら、テレビとPCをつけ、地震情報を見たら、「震源は多摩東部、M4.3。震度は3」とのこと。

とりあえず被害は何もないようでよかったのですが、私の住んでるこの多摩地域も、実は活断層がたくさんあるらしいですね。地震なんていつ起きても不思議ではないんですが、本があふれかかっている本棚とか、平積みで塔と化しているCDとか、ちょっと大きな地震が来ればまず間違いなく崩落するだろうこれらのものをどうするか。やはりきちんと対策を立てなければ………と、あらためて感じました。いつものような三日坊主にならないよう、何とかせにゃ^^;。

まずはとりあえず………、もう一度寝よう。(ヲイ!!)

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2005年5月 6日 (金)

くらやみ祭り

またもや前日のことになりますが、府中市・大国魂(おおくにたま)神社の「くらやみ祭り」に行ってきました。学生時代からの飲み友達のお誘いで、何人かに声をかけたのですが、結局2人だけでの参加となりました。

着いたのは夜7時過ぎで、神輿の渡御が始まっていました。6基の神輿が、黒烏帽子に白装束の担ぎ手さんたちに担がれて、神社の前を通る甲州街道を行き来していました。
府中駅前は大混雑で、人だかりの後ろから背伸びしてのぞいていた私には、担ぎ手の表情など、ほとんど分かりませんでしたよ。背が低い相方などは全然見えなかったようです。
写真は、カメラ(Nikon D100)を上にかざして撮ったのですが、下から構図をのぞくことができないので、ずい分“無駄射ち”になったり、画角が足りなくて端が切れてしまったり、逆に広角にしすぎて小さくなってしまったものもありました。ま、それでもいくつかは何とか見られるものになったかな?kurayam1 kurayam2

何か渡御の途中、神輿の担ぎ手同士の間で接触したのか、大喧嘩が始まったようで、警備の警官がしきりに「離れなさい! お客さんはそんなのを見に来ていないんだ!」と指示を出したり、渡御を止められた神輿の担ぎ手さんたちが神輿を下ろして休憩したりしていましたが、しばらくたって何とか無事再開したようで、見ていた人たちもほっとした顔をしていました。

神輿が通り過ぎた後は、もちろん、露店ですよ露店。でも今年はあまり飲み食いしなかったなぁ。あ、それから、射的やるの忘れた! 毎年チョコレート1、2箱は戦果をあげていたのに。orz

でもまぁ、楽しいひと時でしたよ。

ちなみに、相方は、酒造組合さんご奉納の「東京の地酒」の前で、ニンマリ笑顔のポーズ。酒や肴を前にうれしげ。全く、飲ンダクレなんだからこの人は^^。何なんでしょうねえ…と思った次第。

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2005年5月 3日 (火)

メーデーにて(続き)

おとといの話をいつまで続けているんだYO…というツッコミは抜きにして、面白いデコレーションがいくつか並んでいたので、2つほど紹介します。

しょの1。「ギター侍」の「郵政民営化斬り」。gitaza 右側の口上に笑いました。本物も、たまにはこーゆーネタもやってみては?と思ったり。ギターは本物ですが、ポストの陰に隠れてしまっています。

しょの2。「悪政を打つ松井秀喜」。matsui 左側の「増税」などがダルマ落としの形になっています。で、松井選手は下についているレバー操作で回転して、ちゃんとスイングするんですね。組合員さんがエッチラオッチラ、レバーを動かしていました。

どちらも「東京土建」という、大工さんや左官屋さん、建具屋さんなどの人たちがつくっている組合のもので、なかなかよくできてるんですよ。さすがプロの職人。

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2005年5月 2日 (月)

憲法メーデー(1日遅れだけど…)

昨日のことになりますが、三鷹市の井の頭公園で開かれた「三多摩メーデー」に行ってきました。
今、「憲法を変えよう」という議論がされているなかで、メーデーでは「憲法9条を守ろう」という参加者がたくさんいて、プラカードやら、デコレーションやらが並んでいました。

せっかくなので写真を何枚か撮りましたが、例えばこれhukuho-2
は、どっかの福祉関係の組合の人たちみたいです。サックスやクラリネットで楽しそうな感じの列でした。ニワトリさんの帽子には、羽のところに「9条守れ」って書いてますね。福祉関係の人たちだと、憲法25条も大変かかわりの深い条文ですね。

……って思ってたら、今日付の東京新聞の社説が面白いことを書いていました。「活憲」が先だろうに、というのです。

いわゆる「改憲派」の人たちは「憲法は古くなった」って言うんですが、古くなったのか、まだなっていないのかを云々する前に、果たして憲法をちゃんと使い込んできたのか、ということの検証が欠かせないと思いますが、議論を見ていると、そういうことはあまりされていないように感じます。

憲法25条の問題でも、第2項で「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と書いてあるんですが、介護保険の「見直し」とか「社会保障の財源に消費税を」なんて議論を見ると、とても福祉の向上・増進に努めているなんて見えないんですけどね。

「『活憲』が先だろうに」という「東京」の主張、同感です。もっと普段の論調も、その立場で書いてほしいものです。

あ、それから、「リンク集」に「9条の会」「マガジン9条」を(勝手に)追加しました。

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