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2005年6月 7日 (火)

しばらくバタバタしてたら…、

またもや、あっという間に日がたっちゃいましたね。その間にあった出来事とか、関わっている分野でのニュースとか、いくつかあったんですが、ちょっと時期が過ぎたかな。そのうち何かの形で書いていこうかと思います。

ところで、「いずれ補筆します」と宣言しておきながらずーーーーっと放置していた「資本論講座」のうち、「資本の循環」の話(書き始めたのは2月ですよ)、やっと補筆して、「うp」しました。左下にある「2月」のバックナンバーか、「学問・資格」のカテゴリーから読めるはずですので、気が向いた方はご覧ください。

この講座とは別に、以前から『資本論』現行版(エンゲルス版)のメモづくりをちびちびと続けている(半分ウソ。途中第1巻の途中でかなり長いことサボって中断していました)のですが、最近、第2部第3篇のいわゆる「アダム=スミスのドグマ」批判のところにさしかかっています。「スミスのドグマ」というのは、「商品(もしくは年生産物)の価値は賃金、利潤、地代によって構成される」というもので、スミス以来の(近代)経済学はマルクスの経済学を除いて、この立場を受け継いでいます(まぁ、近代経済学は価値論なんてほとんど注意を向けなくなってしまってますけどね)。この立場は「…構成される」から「賃金、利潤、地代が源泉である」というものに“発展”しています。これでは商品の価値源泉(だけでなく利潤の源泉も)がとらえられなくなってしまうんですね。

この問題は、「V+Mのドグマ」と呼ばれることが多いのですが、私が学生時代、勉強した『資本論』の師匠は「これを『V+Mのドグマ』と呼んではいけない!!」と力説しておられました。曰く、「再生産論の発展史におけるスミスの意義と限界を正しくとらえることができなくなる」とのことで、この点は師匠の主要業績の一つなのですが、私には何となくよく分からないまま、何年もたってしまい、いただいた著書も本棚に埋もれていました。で、数年ぶりに『資本論』のこの部分を読み返しているわけですが、確かに師匠の強調した通りではないかな…と、あらためて感じています。細かい話は、そのうち「講座」でも通りかかりますから、その時にでも。(といって逃げる^^;)

メモづくりは、そのまま第20章「単純再生産」に入ります。いよいよ再生産表式が登場します。これがまた大変。

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