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2006年1月

2006年1月30日 (月)

内橋克人氏、ライブドア事件を語る

「読売」27日付の連続インタビュー企画「ライブドア事件を語る」で、経済評論家の内橋克人氏が登場しました。以前からさまざまな場で、「規制緩和万能」論、「市場原理主義」に対する警告を発し続けてきた内橋氏でしたが、今回のインタビューでも、ライブドア事件の背景に、①アメリカ中心の「グローバル化」②ITと結びついた超巨大マネー③新自由主義――があると、ハッキリ指摘しています。内橋氏は、この潮流の日本における跳梁跋扈ぶりについて、

「市場に任せさえすればうまくいく、という市場競争至上主義が『改革』と称され、多くの国に押し寄せた。これを双手(もろて)をあげて礼賛したのが日本だ」

「(日本は新自由主義に)主体的に対応しようとせず、これにどう『適応』するかだけを考え、むき出しの資本主義への追随だけに血道をあげた」

「とりわけ、90年代の長期停滞のもと、『聖域なき規制撤廃』こそ日本経済再活性化の道と説く学者らが政権の周りに集まった。ライブドアに象徴される奇妙な金銭観、事業観、乗っ取り手法などは、まさにそうした時代の『必然的な申し子』だっといえる」

と、強調。そして、

「単に経営者に高潔な人格を求めるだけでは、『第2、第3のホリエモン』の出現は避けられず、背景にある市場経済の変質ぶりに切り込む必要がある」

とのべ、事件の原因を“ホリエモン個人の手法の異常ぶり”に解消しようとする傾向を、批判しています。さらに、新自由主義の席巻のもとで、

「政府が市場原理に任せ、所得の再分配機能さえ放棄しようとしているため、所得格差は拡大し、中産階級の崩壊が進んでいる」

「規制緩和だけを進め、必要な規制まで悪として退けた結果、不正が見逃された」

ことを指摘。今後の日本が進むべき方向として、「規制緩和」一辺倒ではなく、

「必要な分野については再び規制を強化する『規制の組み替え』をすべきではないか」

「野放図な市場至上のグローバル化だけに追随していては、たどり着く果てに『一人勝ち』社会が待っている」

マネーや市場が主人ではなく人間が主体の社会でなければならない。連帯、参加、協同を原理とする『共生経済』『連帯経済』が今、中南米経済の再生の支柱になっている。一人の成功が他者の犠牲のうえになり立つカット・スロート・コンペティション(のど元をかき切る競争)の価値観を礼賛してはならない」

と提起しています。内橋氏が末尾で例にあげた中南米では、90年代末までのアメリカ型新自由主義経済によって、貧富の格差が拡大し、経済も危機的状況に陥りました。このなかで、これに対する国民の批判が高まり、各国で左翼政権が相次いで誕生し、国民本位の経済建設に向けた流れが広がっています。こうした流れを、日本が今後進むべき方向の一つの例示として、内橋氏があげたことは、ライブドア事件や耐震強度偽装事件などに衝撃を受け、その克服を考える人たちにとって注目すべきことだと思います。(引用文の太字、強調体は、私かわうそによるものです)

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2006年1月25日 (水)

「Under the Sun」トラックバックセンターの趣旨に賛同します。

市場原理主義がバッコし、憲法改悪・「戦争できる国」づくりに向けた動きも加速しているのに対抗し、「降り注ぐ太陽の下、誰もが幸せに暮らせるように」というキャッチフレーズを掲げる「Under the Sun」トラックバックセンター というのができたそうで、このたび、参加の呼びかけをいただきました。サイトのトップページにある<発起理念>を紹介します。

<発起理念>
 戦後日本は高度経済成長を遂げ、様々な問題は抱えながらも総中流社会と呼ばれる豊かな社会を築いてきました。しかし昨今の社会情勢は、一部の持てる人がさらに豊かになり、その他大勢の人々がその一部の人に隷属するような社会構造になろうとしています。みんなの財産であったインフラや社会保障制度といった社会基盤が、民営化・合理化の美名のもとに私物化・解体され、私たちはセーフティーネットのない無防備な状態で、資本主義の凄まじい競争に晒されようとしています。
 このような大きな社会的な変革期にあって、政治や社会に対する正しい客観的な情報は、個人や社会の進むべき指針を考えるのに欠かすことの出来ない要素なのですが、最近のマスメディアは伝えるべきニュースを報道せず、大政翼賛的な報道に終始しています。
 現在の社会や政治を考えていく上で、「政府やマスコミはそういっているけど、本当のところはどうなの?」「すると、一体その先にどんな未来があるの?」という情報の集積を図り、変革期の社会の問題とその先について考えていきたいと思います。

賛同者にお名前を連ねておられる方々のブログを拝見すると、まあみなさん、理知的な考察を行っていらっしゃって(こう書くと皮肉っぽく聞こえてしまいますが、そうではなく、素直にカンドーしているのです)、ワタクシのようなモノにお声をかけていただいて、光栄汗顔の至りではあるのですが、ワタクシのような零細ヌルブログが末席を汚してしまってよいものかと………_| ̄|○。とはいえ、市場原理主義の克服、憲法の堅持、アメリカからの自立とアジアとの融和など、趣旨に賛同していますので、ここに表明いたします。

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2006年1月24日 (火)

「東京地検特捜部、堀江社長らを逮捕」(NIKKEI NET)

ホリエモンがついに逮捕されました。容疑は企業買収をめぐり虚偽情報を開示したという証券取引法違反(偽計取引と風説の流布)だそうです。

 ライブドアグループの証券取引法違反事件で、東京地検特捜部は23日、関連会社の企業買収を巡り虚偽情報を開示したなどとして、同社社長、堀江貴文容疑者(33)ら4人を証券取引法違反(偽計取引、風説の流布)容疑で逮捕した。特捜部は、株式交換目的で発行した自社株売却収入の不正な利益計上などについて、同容疑者が指示・了承していたとみて追及する方針。
 特捜部は、同日午後3時過ぎから東京都内で同容疑者の聴取を開始。容疑が固まったため、逮捕に踏み切った。証券市場を大きく揺るがす「ライブドア・ショック」を引き起こした事件は、プロ野球参入表明などで社会的注目を集めた最高経営責任者の刑事責任追及に発展した。
 ほかに逮捕されたのは、ナンバー2でライブドア取締役、宮内亮治(38)、ライブドアマーケティング社長兼ライブドア取締役、岡本文人(38)、同社執行役、中村長也(38)の3容疑者。 (19:42)

昨年夏の総選挙で、小泉首相がホリエモンに会って直々に立候補を口説き、武部幹事長、竹中平蔵経済財政担当相(現在は総務相)をはじめ、小泉政権・自民党幹部が次々と応援に訪れ、「小泉首相、ホリエモン、私がスクラムを組む」(竹中氏、8月31日付「朝日」)などと吠えたこと、さらに総選挙後も「党改革で知恵を貸してもらいたい」(武部幹事長、10月4日付「読売」)などと言っていたことは、すでに多くのメディアやブログでも指摘されている通りです。今になって「別問題」とか言ってんじゃないっての!

私が言いたいのは、選挙での応援だけでなく、ライブドアの“成功法則”をつくってきたのが、小泉的「構造改革」「規制緩和」路線だったということです。

ライブドアは株式を分割して高値で売り抜けることで資金を調達し、また株式交換を使い企業を買収する手法を繰り返して、急成長をとげてきました。株式交換は1999年の商法改定で導入され、株式分割は2001年の商法改定で「分割後の額面価格が5万円を下回ってはならない」という規制を撤廃したものです。もちろん、法の網をくぐったライブドアの行為が、法によって糾されるのは当然ですが、同時に、法による規制を緩和して、こうした脱法行為がはびこる土台をつくった自公与党なども責任を免れることはできないと思うのです。

株式交換の制度が導入された99年の商法改定のさい、自民党の渡辺喜美衆院議員は7月9日の衆院法務委員会で、法案作成に向けた「法務省、法制審議会の努力を多とする」と評価しました。同法改定は、自民、自由(後に民主に合流)、公明、民主、社民の各党が賛成し、反対したのは共産党だけでした。

01年の商法改定では、6月12日の衆院法務委員会で、自民党の田村憲久議員が「自己株式の取得及び保有規制を見直すとともに、株式の大きさに関する規制を廃止する等の措置を講ずるものであり、我が国企業の競争力の向上を図り、経済構造改革を実現する上で有益な施策となるものと考える」と主張し、自民、自由、公明の3党の賛成で可決しています。(反対は民主、共産、社民)

さらに指摘しておきたいことは、株式交換や株式分割などの条件を緩和する商法改定は、当時財界自身が強く要求していたということです。1999年8月5日の参院法務委員会で、橋本敦参院議員(当時、共産党)が商法の規制緩和と財界の要求との関連を質問したのに対し、答弁した法務省民事局長は、これをはっきり認めていました。

◆橋本議員「この法案の立法背景、立法事情は、今日の経済情勢のもとにおける財界からの強い要望が背景にあるということは……民事局長もそういう認識か」
◆法務省民事局長「御指摘のように、経団連を初め経済界から株式交換、株式移転の制度の早期導入を要望されていることは事実だ。昭和50年(75年)に商法の基本的な問題点を法務省で公開し、そこで順番に全体の見直しをしていて、そのなかで企業結合について問題を提起して、平成九年(97年)には企業の合併の見直しをして、今回は株式交換、株式移転を考えている。明年度は株式分割を考えており、計画的に商法を見直している、その一環という意味もある」
◆橋本議員「一環となる背景、事情として財界の強い要望があるという事実は否定できないでしょう」
◆民事局長「強い要望があることは事実だ」

また、01年6月12日の衆院法務委員会では、当時経団連の経済法規専門部会長を務めていた西川元啓・新日鉄常務が「経済界のニーズをいち早くキャッチし、議員立法で迅速な法整備に取り組んでいる諸先生方に、まずもって心より敬意と感謝の念を申し上げたい」としたうえで、株式分割の規制緩和で「個人投資家を株式市場に呼び込むことを容易にして、株式市場の活性化に資することが期待される」、「機動的に、投資家が投資しやすい単位で株式を市場で流通させる設計が可能となり、株式市場の一層の活性化が期待されることとなる」と高く評価していたのです。

実際、経団連は、株式分割などについての規制緩和を繰り返し「提言」や「意見書」にまとめていました。例として、2001年9月12日付の意見書(旧経団連のものですが)をあげておきます。

ホリエモンの逮捕を受けて、経団連の奥田会長などは、「(ライブドアの経団連加盟承認は)ミスった」などと言っていますが、それならば、自らが要求してきた、この野放しの「規制緩和」路線そのものを見直すべきではないでしょうか?

あ、あとそれから、今までさんざっぱらホリエモンを“構造改革の旗手”などと持ち上げて、事あるたびに、いや、何もなくても、彼を追っかけ回して、露出させてきた商業マスメディアが、先週からコロッと手のひらを返して、「追及」を始めていますが、自分たちのアフォさ加減については全くふれていません。そのもてはやしぶりは、ニュースの「追及」特集で流す彼の映像・発言の材料に事欠かないということに現れているわけですが、こーゆー無責任ぶりもよく見ておく必要がありますわね。

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2006年1月20日 (金)

「F15の飛行訓練再開、地元の中止要請は無視…米軍嘉手納基地」(読売新聞)

太平洋上で米軍の戦闘機が墜落する事故がありましたが、米軍は2日後に飛行訓練を再開したそうです。

「F15の飛行訓練再開、地元の中止要請は無視…米軍嘉手納基地:九州発」(読売新聞)

 米空軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)は19日、沖縄本島東方の太平洋に17日に墜落した機種と同じF15戦闘機の飛行訓練を再開した。
 沖縄県や嘉手納町などは原因が究明されるまでの飛行中止を求めていたが、米軍が中止要請を無視して飛行を強行したことで、県民の反発は強まりそうだ。
 嘉手納町によると、午前9時45分ごろ、F15戦闘機3機が離陸して以降、編隊を組み、次々に離陸しているという。基地報道部は「48時間かけて、すべての航空機をチェックし、飛行の安全性が確認されたため」としている。

またですよ。年末の八王子、年明けの横須賀をはじめ米軍人による事件が続発しています。今回のはそうした犯罪とはケースが違いますが、「チェックはした」としても、まだ墜落の原因は究明されてはいないと聞きます。そうしたなかで、自治体がこぞって中止要請をしているのに、あえて飛行訓練を再開するというのは、一体どういう了見なのでしょうか? 政府だって少なくとも当面は中止を求めるべきですよ!

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2006年1月19日 (木)

だから今『資本論』講座かも(続き)

てなわけで、さらに日が開いてしまいましたが、『資本論』講座についての続きです。

18世紀から発達を始めた資本主義は、19世紀初頭に最初の成熟期を迎え、資本主義的な過剰生産恐慌も周期的に現れるようになりました。ナポレオン戦争の終結後、各国で18世紀以前の支配体制に戻そうとする反動政治が強まるなかで、資本主義の発達とともに増加した労働者による闘争も、そしてそれとともに社会主義思想も広がっていきました。こうした情勢のもとで、マルクスは「市民社会の解剖学」としての経済学の研究を開始し、1867年に『資本論』第1巻の初版を刊行したのです。

マルクスはその後も経済学や関連する社会・自然科学について研究を続け、恐慌の“運動論”や銀行の発達、土地所有をはじめ研究の諸成果を『資本論』の充実に結実させようと努力しました。マルクスはその途上の1883年に死去しますが、戦友エンゲルスがマルクスの遺した草稿を編集し、『資本論』第2巻、第3巻として出版しました。現代では、マルクスの思考過程を追跡する研究が行われ、新しい『全集』(通称「新MEGA」)の編集が続けられています。

経済学をはじめ社会科学では、自然科学と対比して、独自の困難があります。自然科学では、ある現象とこれについての仮説を検証する場合、それが純粋な形で現れる状態を再現し、実験を行います。ところが、人間社会そのものを対象とする社会科学では、そんな実験は困難なので(行政が個別の施策について行うモデル事業はありますが、市場経済自体をどこかで再現することはできません)、「抽象力」、つまり思考をもって代えるしかありません。マルクスは研究を通じて、「ブルジョア社会にとっては、労働生産物の商品形態または商品の価値形態が経済的細胞形態なのである」(初版序文)、つまり商品の価値形態(しごく大雑把にいうと、どうして「缶ジュース1本=120円」となるのかという必然性)に資本主義経済の根底的な秘密が隠れていることを明らかにしたのです。

◆「全て始めは…」といわれても

『資本論』が商品の分析から始まっていることで、読んでみようと挑戦した方のなかにも「冒頭から、こんな抽象的でチマチマした議論につきあってられるか!」とブチ切れる人が多いです。「もっと労働の現場のズバッとした描写から入ってよ」とこぼす人もいます。そういう人たちに対して、マルクスはごていねいにも釘を刺してくれています。「全て始めは難しい」(初版序文)とか「学問に平坦な大道はない」(2版後書き)とか。「んなこといわれても、気休めだよ」という人もいますし、私も初めて読んだ十数年前には、そう思ってザセツしました_| ̄|○。ま、ただ我慢して読んでいって後から振り返ると、だいたいの構造が見通せるようになりました(ホントかよ?)。そんなわけなので、ここはとりあえず我慢して読んでみましょう。(苦笑)

◆「利潤優先」は個人の責任に解消できない

さて、現実の経済では、「サービス残業」問題や、パート・アルバイト社員を「明日から来なくていい」と一言で解雇しようとするなど“アコギ”な事件が繰り返し報じられています。さらに、この間、ニュースで繰り返し報じられている耐震強度偽装問題や、この問題に政権がうまくぶつけさせた(?)といわれるライブドアの問題、安全確保の体制をおざなりにしたゆえのJRの事故の問題も相次ぎ、「もうけをあげるためなら、何をしてもイイのか?」という批判があがりました。もちろん、利潤(もうけ)を確保するために違法な行為を行ったり、安全確認の体制を手抜きする経営者の姿勢は許されません。しかし、もうけをあげないと市場での競争戦で敗北し没落するわけですから、もうけを他の全てに最優先し、さらに際限なく追求するという姿勢は、社会全体で見れば、個々の経営者がイイ人であるか、悪者であるかにとどまらない問題なのです。

マルクス以前の社会主義(共産主義)者は、「理想的な経営」を行うことでこうした問題を解決できると考えていました。有名なのはロバート・オーエンという人で、この人は自分でそういう企業体を実際につくりました。ちなみに「幼稚園」もその努力のなかで生まれたもので、彼は実は「幼稚園の父」でもあるのですね。

マルクス、エンゲルスは資本主義社会の分析を通じて、資本主義の運動法則自体に、経営者・資本家を競争に強制的に参加させる仕組みがあることを見出しました。そして、マルクスは『資本論』初版の序文で、社会における個人の位置について、

「ここで人が問題にされるのは、ただ、人が経済的諸範疇の人格化であり、一定の階級関係や利害関係の担い手である限りでのことである。経済的社会構成の発展を一つの自然史的過程と考える私の立場は、他のどの立場にもまして、個人を諸関係に責任あるものとすることはできない。というのは、彼が主観的にはどんなに諸関係を超越していようとも、社会的には個人はやはり諸関係の所産なのだからである」

と、のべました(ちなみに時々、マルクス、エンゲルスの学説について、「性善説」に立って「人間を理想化している」とか、逆に「憎悪の哲学」だなどとして批判する方がいますが、この種の批判は、マルクス、エンゲルスが個人についてこういう立場を取っていたことに目を向けていないように思います)。ただ、マルクス、エンゲルスも、個々人の行動や思惑を全て社会構成の問題に解消する立場を取っているわけではないのですが。

ま、そんなわけで、今後はいよいよその“本論”に入っていきます。

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2006年1月18日 (水)

ニコン、銀塩カメラを大幅縮小(ITmediaニュース)

ちょっと日がたってしまったニュースですが、びっくりしましたね。

ITmediaニュース:ニコン、銀塩カメラを大幅縮小

 ニコンは、銀塩カメラ事業の大幅縮小に踏み切る。フラッグシップ機「F6」など一部のボディとレンズを除き生産を終了する。銀塩カメラ市場は急速に縮小しており、経営資源をデジタルカメラ事業に集中する。
 ボディはF6のほか、入門機「FM10」を除き生産を終了。在庫がなくなり次第販売を終了する。MF用交換レンズは35ミリF1.4など9製品は生産販売を継続するが、引き伸ばし用と大判用のニッコールが姿を消す。
 急速に普及したデジカメ市場は成熟期に入り、コンパクト型は高付加価値が求められ、活況を呈している一眼レフ型は電子メーカーの参入で競争の激化も予想される。ニコンは「ニーズに応じたタイムリーな製品を提供するため、デジカメ事業に一層の経営資源を集中する」と説明している。

新聞各紙の報道のなかには「撤退」なんて表現もありました。ニコンのサイトを見ると、F6やFM10など「一部を除き生産を終了し、在庫がなくなり次第販売を終了」とのことです。完全撤退とまではいえないにしても、かなりの縮小ですね。

一部を除き、生産を終了かあ…………。惜しいなあ。ニコンのカメラは「堅牢」とか「質実剛健」とかいわれ、プロやマニアの方々にも愛用されました(「報道のニコン、スポーツのキヤノン」なんて形容もされましたよね)。デジタルカメラ市場が拡大するのと反比例して、銀塩カメラの市場は急速に縮小しているそうで、今回の方針はそれをふまえたものだそうですが、定評を支えてきた銀塩カメラの生産が終わってしまうのは、実に惜しい。

とはいえ、私自身もこの10年ほど、ニコンの一眼レフをずっと使ってきました(最初はF601を借りていて、翌年あたりに大枚はたいてF70を買いました)が、2年ほど前にデジタルのD100を買ってからは、使うのはもっぱらD100で、F601もF70もほとんど使っていないもんなぁ……。うーん。

まあ、デジタルカメラで蓄積を生かしていってほしいと思うばかりです。

ニコンと並び称されるキヤノンについては今のところ、その辺のニュースは聞こえてきませんが、どうするんでしょうか?

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2006年1月17日 (火)

「ライブドア、子会社化で虚偽の発表…買収巡り株価急騰」(読売新聞)

あのライブドアが企業買収の手法をめぐって強制捜査を受けましたね。

NEWS@nifty:ライブドア、子会社化で虚偽の発表…買収巡り株価急騰(読売新聞)

 インターネット関連企業「ライブドア」(東京都港区、堀江貴文社長)の関連会社が、企業買収を巡って虚偽の発表をしたり、利益を水増しした決算発表をしていた疑いが強まり、東京地検特捜部は16日、証券取引等監視委員会と合同で、証券取引法違反(偽計、風説の流布)の容疑でライブドア本社などを捜索、強制捜査に乗り出した。
 特捜部は今後、堀江社長の関与も追及する方針。企業買収を重ねて急成長したライブドアグループの手法が違法行為に支えられていた可能性が強まっており、特捜部は全容解明を進める。
 この関連会社は、東証マザーズ上場のネット広告配信会社「バリュークリックジャパン」(現ライブドアマーケティング、港区)。この日は、堀江社長の自宅(港区)やライブドアマーケティング本社(同)、岡本文人・同社社長の自宅(横浜市)なども捜索を受けた。
 特捜部の調べによると、旧バリュー社は株価を有利に変動させるため、2004年10月25日、この時点で実際は既にライブドアの支配下にあったマネー情報誌出版「マネーライフ」について、新たに「完全子会社化する」と虚偽を発表(偽計)。
 また、同年11月12日には、売上高や経常利益などを水増しして経営状況を良く見せかけ、1~9月の決算を発表(風説の流布)した疑いが持たれている。特捜部はバリュー社が自社株の株価を高騰させたり、株売買で利益を得やすくする狙いがあったとみている。
 証券取引法158条は、株式相場の変動を図る目的で投資家を欺いたり(偽計)、風説を流布したりする行為を禁じており、違反すると5年以下の懲役または500万円以下の罰金が科される。
 バリュー社の株価は、同社が同年11月8日、「自社株を100分割する」と発表したこともあり、急騰。ピーク時(12月)には、マネー社買収を発表する前に比べて約45倍の8万500円にまで上昇していた。
 バリュー社によるマネー社買収は翌年1月、ライブドアの支配下にあり、マネー社株を100%保有していた「VLMA2号投資事業組合」と、互いの保有株式を交換する形で行われた。投資事業組合は交換で手にしたバリュー株を売却して数億円の利益を出し、さらにその利益が同組合を実質支配するライブドア側に流れていたという。
 投資事業組合がマネー社の全株を取得したのは、04年6月だが、その際の資金はライブドアが全額出していた。この際、マネー社の資産査定などは、ライブドアの宮内亮治取締役最高財務責任者が主導。宮内取締役の自宅(横浜市)もこの日、捜索された。
 ライブドアは1996年4月設立。00年4月に東証マザーズに上場した。子会社は44社、グループ社員2456人(いずれも05年9月期)。現在の時価総額は約7000億円。バリュー社は98年11月設立で、00年5月に東証マザーズに上場。04年3月にライブドアの子会社となり、05年8月、保有株式の割合が減り、関連会社に移行した。同年6月、ライブドアマーケティングに社名変更。堀江氏は同社取締役を兼務している。
         ◇
 ライブドアは17日未明、「捜査に全面的に協力している」とのコメントを発表した。さらに、「嫌疑の内容把握に努め、関係事実の調査・把握に全力を尽くしている。社内調査結果は解明次第報告する」とした。[2006年01月17日 03時06分]

ライブドアは、一般にはIT企業と見られていますが、収益の大部分は金融によって得ていた企業だという実態が指摘されてきました。今回の強制捜査の容疑は、企業情報についての「風説の流布」や「偽計」とのことです。株式を分割して株価をつりあげ、それで得た資金で企業買収を行うライブドアの成長手法そのものにかかわる問題での容疑だけに、これまでの成長過程全体がどうだったのか、問い直される必要があるように思います。

ホリエモンがこの強制捜査という事態を想定していたかどうかは知りませんが、17日午前のニュースによると、ライブドアの株について、売り注文が殺到しているようです。今後の動きがどうなるかは、まだ分かりませんが、株式の分割による株価上昇を繰り返して成長を続けた企業が、株価が下がったらどうなるのか………、今後も注目ですね。

それと、もう一つ思うのは、これまでホリエモンを時代の変革者のように持ち上げてきたメディアは、一転して「危うい錬金術」(「読売」)などと書き始めたようですが、それまでほめそやしてきたメディア自身についても検証する必要があると思うんですが、どうするんでしょうかしらね?

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2006年1月 9日 (月)

なぜ今『資本論』講座か――今年も参加

東京学習会議の『資本論』講座、昨年に続いて今年も受講することにしました。昨日(8日)が第1回の講座でした。…と書くと、「何で今時、『資本論』なの?」と首を傾げられる方がかなりお見えだと思いますが、世界の現状を見ると、今、マルクスとエンゲルスの考え方には、傾ける必要があるのは首よりもむしろ耳なのではないかと思うのです。

例えば、貧富の格差の拡大です。国内では、「市場原理主義」「利潤第一主義」の嵐が吹き荒れ、「勝ち組・負け組」という言葉がさかんに使われていることに見られるように、ホリ●モンのようなごく少数の「ヒルズ族」が大手を振ってのし歩く一方、生活保護や就学援助の受給者数が急増しているのをはじめ貧困層が大幅に拡大しています。「毎日」が昨年末から「格差社会」を問う連載を始めていますが、格差の拡大が将来、日本社会の存立を揺るがしかねないという指摘が幅広くされていますね。世界的にも、南北問題を克服する必要性が長年叫ばれていますが、解決に向けた取り組みは多難な現状にありますね。

また、景気が「回復傾向」と報じられ、確かに大企業は空前の利益をあげているわけですが、生産される商品の最終的な需要元となる消費需要は伸び悩んでいる、あるいは後退気味であることも指摘されています。

企業が市場競争での“強制”によって、際限のない利潤追求に走るあまり、安全面や環境への配慮を後景に追いやって、重大な事件さえ引き起こしてしまうことは、建築や鉄道をめぐる最近の事件、公害・環境問題などで繰り返されています。地球環境問題では、CO2排出削減を義務付ける「京都議定書」をめぐり、アメリカが「企業活動が制約される」として、義務付けに頑強に抵抗したことがよく知られています。

こうした問題が繰り返し起こり、深刻さを増していく背景に何があるのか、そして大局的にはどのような方向に向かっていくのか。突き詰めて考えるうえでは、やはり最も徹底的に資本主義研究を行ったマルクス、エンゲルスの考え方を参考にすることが必要なのではないか――、と思ったわけなのです。マルクスは『資本論』第1巻の初版序文で、同書の目的を“資本主義社会の経済的運動法則の暴露”とか、“問題は法則による社会の発展の度合いの高低ではなく、法則そのものだ”と語っています。

マルクス、エンゲルスは研究を通じて、社会には自然と同様、人間の意識・思惑から独立した客観的な法則があり、「大づかみにいって」利潤第一主義の資本主義社会の次には、共同社会に移行するだろうと考えました。この共同社会の特質をどう規定するかについては、20世紀前半以降、生産物の分配の仕方を基準にして「低い段階」「高い段階」に区分する考えが広くありました。しかし21世紀に入って、共同社会の特徴づけはこのような分配の仕方(「労働に応じて」とか「必要に応じて」とかの)による規定が中心なのではなく、「主要な生産手段の所有・管理・運営を個別の企業から、社会の手に移すことこそが中心なのだ」として、いわゆる「生産手段の社会化」を中心にすえ直し、それによって労働時間を抜本的に短縮したり、生産の推進力を利潤第一主義から解放する、とした主張が広まってきています。その社会化の範囲や具体的あり方、例えば、いわゆる市場経済との結びつき方などについての本格的な探求は、今後の課題となっていくでしょうが。

ちなみに一言しておきますと、私は、旧ソ連・東欧圏で行われた、また北朝鮮で行われている「国有化」や「統制化」は、共同社会における「生産手段の社会化」とは“似て非なる”もの、というよりは異質なものだと思っています。中国の現状と今後についての規定づけは、中国自身も混乱状態をへて、かなり息の長いスタンスでの社会建設にようやく取り組み始めたところであり、慎重な見極め、検討が必要なように感じています。

これらの問題について考えるうえでは、紙屋研究所さんの「共産主義という生き方」が参考になると思います。

かなり話がそれましたが、そんなわけで、現代社会の客観的法則性を探求する方法論を詳しく、深く勉強したい、と思ったわけなのですね。【13日に追記:念のために一言しますが、私は『資本論』で解き明かされた文言が一字一句現代も適用できると思っているわけではありません。自然や社会が発展するごとに、理論も発展します。ただ、そこで打ち出された方法論は有効だと思うのです】

で、第1回は、そのマルクス、エンゲルスの問題意識を端的にのべた「序文」についての講義だったわけです。講師は、一橋大学名誉教授の浜林正夫先生でした。学生時代、サークルで主催した講演会で講師に招いたことがあって以来のお顔拝見でした。ここまで書いただけで、相当長くなってしまったので、続きはまたそのうち。【追記:こちらで書きました】

【注記:『資本論』講座についての記事は、全て「学問・資格」カテゴリに分類しています】

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2006年1月 6日 (金)

米兵犯罪続いても地位協定改定求めない首相

この年末年始、在日米軍の軍人による犯罪が、首都圏で相次ぎました。

年末には八王子市で空母「キティホーク」の乗員が児童3人をひき逃げし、年が明けてこの3日には、やはり同艦の乗員が横須賀市で女性を殺したということです。ひき逃げ事件では、容疑者が一度逮捕されながら、米軍側が「公務中」との証明書を発行したため、日米地位協定とその関連法にもとづき即日釈放されました。殺人事件では、米軍が調べを行っているようです。

地位協定では、「公務中」の米兵による犯罪はアメリカが一次裁判権を行使するとしているだけでなく、「公務」外の犯罪でも、「身柄が合衆国の手中にあるとき」は日本側が起訴するまでは米側が身柄を確保するとしています。凶悪事件を起こしても日本側で逮捕、捜査できないという、こうした米軍の特権に対して、1995年の沖縄で起きた少女暴行事件を機に批判が広がり、地位協定の改定を求める声が高まりましたが、日米両政府は「殺人または強姦」に限って、日本側からの身柄引き渡し要求に米側が「好意的な配慮を払う」という、「運用改善」にとどまりました。実際には凶悪事件でも日本側の引き渡し要求に米側が拒否した事例もあります。

そこへ今回の事件が起きたわけです。これについて、沖縄県の稲嶺知事は「沖縄県民にとって看過できない」として、地位協定の改定を求めるコメントを出しました。

「沖縄知事、女性殺害に憤り/地位協定の全面改定求める」(四国新聞=共同通信)

 沖縄県の稲嶺恵一知事は6日の記者会見で、米兵が犯行を認めた神奈川県横須賀市の女性殺害事件について「基地から派生する事件、事故に悩まされている沖縄県民にとって看過できず、憤りを禁じ得ない」と遺憾の意を表明した。
 その上で、起訴前の容疑者の身柄拘束を米側に認める日米地位協定に関し「見直し問題が大きく前進するよう努力したい」と述べ、神奈川県などと協力して全面改定を求めていく考えを示した。
 稲嶺知事は「基地問題は沖縄だけでなく全国的な問題だという実感を、なかなか持ってもらえない。これを契機に(全国の)皆さんが注目するようになってほしい」と述べた。

地元・八王子市の黒須市長も地位協定の「見直し」などを防衛施設庁に要請したそうです。

ところが、小泉首相の方は早々と、地位協定の改定は「考えていない」と表明しました。

Yahoo!ニュース(毎日新聞)「<横須賀女性殺害>『米軍は規律保持を厳正に』小泉首相」

 小泉純一郎首相は5日、神奈川県横須賀市で派遣会社員の女性が殺害された事件で、米空母乗組員の男が米軍側に身柄を拘束されたことについて「極めて遺憾だ。こういう犯罪行為が起こらないよう米軍は規律の保持を厳正にしていただきたい」と述べた。日米地位協定の改定に関しては「今は考えておりません」と語った。(1月5日19時46分更新)

厳正な規律保持を求めるのはもちろん当然なのですが、1次裁判権がないだけでなく、「公務」だと米軍が主張すれば、本当に公務といえるものだったかどうかが日本側には分からないまま、米軍に身柄を引き渡さなければいけません。事実を究明し、しかるべき責任を取らせるうえで、非常にマイナスになるわけで、沖縄県知事だけでなく、米軍基地にかかわる各地の自治体首長が何年も前から地位協定の改定を要求しています。、政府は全くこたえようとしません。

以前書いた話ですが、小泉首相は昨年秋、「平和と安定のなかに日本の経済的発展がある。その恩恵を受けるためには、しかるべき負担、代価を払わなければならない」と発言しました。少女が暴行されても、児童がひき逃げされても、女性が殺害されても、容疑者の日本側による逮捕を妨げてきた地位協定の改定すら、なぜ求めないのか。別にこれ自体は安保条約を破棄せよとか、基地を撤去しろとかいう問題ではありません(私は破棄・撤去すべきだと思いますが、それはさておき)。容疑者の起訴前の引き渡しすら求めない――、これらすらも「対価」なのでしょうか? おそるべき属国の態度ではないでしょうか。

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2006年1月 1日 (日)

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。みなさまはどのように新年を迎えになられたでしょうか?

私は、年賀状の印刷と“裏書”という、無計画というか、仕事の先送りというか、相変わらずななかで迎えました。仕事も山のような「宿題」を持ち越したままです_| ̄|○

昨年は国内でも、世界でも大きな事件、事故が相次ぎました。苦しみ、傷ついたなかで新年を迎えられた方も多いと思うと、胸が痛みます。

個人的には、ほぼ10年ぶりで、定期開催の「学習会」というものに顔を出したり(今年も参加することにしました)、このブログを始めたり、ということをしてみました。あっ! そうなんです。このブログも1年続いてしまったんですね。他愛もないつぶやきや、時々の――といえるほどひんぱんじゃないですね、ひらがなで「ときどき」とした方がしっくりしますね――ときどきニュースについての感想を載せてきましたが、これらのつぶやきにお付き合いくださる方々、コメントやTBをいただく方々には、大変感謝しております。

今年は、何とか明るい、おだやかな年にしていきたいものです。それから、今年はとくに、「戦争は絶対にしない。そのために、軍隊は持たない」と決めた憲法を変えて、「軍隊を公然と持つ。場合によっては戦争だってする」国、「海外で戦争できる」国に突き進んでしまうのかどうかが、鋭く問われる年になるでしょう。そんなときに、私のごときヌルイつぶやきが間尺に合うのかどうかは分かりませんが(我ながら年頭から弱気だな……^^;)、それでも、「そういう道はこの国のためにも、世界のためにもならない」ということを、つぶやきから声に、さらに叫びとしていければと思います。(よしなしごとも書きますけどね)

これからもよろしくお付き合いをいただけますようお願いし、あわせて、みなさまのご健勝をお祈りいたします。

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