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2006年4月

2006年4月28日 (金)

「資本」の登場②

仕事やらナンやらカンやらに追われているうちに、すっかり先延ばしになっていました(別に忘れていたわけじゃないんですよ、決して………ええ)が、東京学習会議・「資本論」講座の続きです。(前回はこちら

前回は、商品の販売(W【商品】―G【貨幣】)も購買(G―W)も、価値の変化をもたらさない、したがって商品の流通からは剰余価値は生じないのに、一方で、流通過程であるG―W―G(貨幣を商品に変え、再び貨幣に変える)から剰余価値が生じざるをえない………という矛盾が明らかになったわけです。この矛盾がどのようにして解決されるか、ここがマルクスの経済学の重要なカギとなっているのです。

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2006年4月27日 (木)

「在日米軍再編の日本側負担、260.9億ドルに上る見通し=米国防副次官」(ロイター)

日米両政府が協議している在日米軍の再編にかかわる日本側の負担は、総額260億ドル(3兆400億円)との見通しだそうです。

「在日米軍再編の日本側負担、260.9億ドルに上る見通し=米国防副次官」(ロイター)

 [ワシントン 25日 ロイター] ローレス米国防副次官は25日、記者団に対して、約5万人の在日米軍再編にかかる経費全体の日本側負担が260億9000万ドルに上るとの見通しを示した。
 在沖縄米海兵隊のグアム移転経費に関しては、総額105億ドルのうち日本側が59%(60億9000万ドル)を負担することで23日に決着したが、ローレス副次官はこの負担額について、在日米軍再編にかかる経費の日本側負担(推定200億ドル)に上乗せされるものだと述べた。
 同副次官はまた、日米の当局者が今週もしくは来週初めにも在日米軍再編の包括的な実施計画で合意できると予想していることを明らかにした。
 同副次官は「うまくいけば、きょう行われている協議や決定によって、今週後半か来週初めにもわれわれの指導者に提出できる包括的実施計画がまとまるだろう」と語った。

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2006年4月24日 (月)

米軍基地強化めぐる2市長選で

米軍基地の再編強化の是非をめぐって、激しい選挙となった山口県岩国市、沖縄県沖縄市の市長選挙は、ともに基地再編強化に反対する候補が勝利しました!\(^^@)/

「新・岩国市長に井原氏 艦載機移転撤回求める」(中国新聞)

 山口県岩国市で合併による新市発足に伴う市長選が二十三日投票、即日開票され、無所属新人で合併前の岩国市長を二期務めた井原勝介氏(55)が、精密機械加工会社社長の味村太郎氏(38)=自民推薦=と出版社社長田中清行氏(49)の無所属新人二人を破り、初当選した。投票率は65・09%で、前回(合併前)の70・38%を5・29ポイント下回った。
 米空母艦載機の岩国基地移転の是非が問われたが、撤回を求める井原氏が当選。旧岩国市が先月十二日に実施した住民投票では、反対が有効投票の約九割を占めたが、新市としてあらためて政府に移転反対を突き付ける形になった。
 井原氏は当選後、選挙事務所で「わたしは艦載機移転に対する住民の悲鳴を知っている。市民の素晴らしい良識の勝利だ。新しい岩国の声を国は正面から受け止めてほしい」と述べた。

「沖縄市長に反対派東門氏 自衛隊共同使用」(西日本新聞)

 任期満了に伴う沖縄県沖縄市長選が23日投開票され、無所属新人で元衆院議員東門美津子氏(63)=民主、共産、社民、自由連、沖縄社大推薦=が無所属新人で元市議桑江朝千夫氏(50)=自民、公明推薦=を破り初当選した。
 沖縄県で女性市長は初めて。投票率は59・11%で前回を1・84ポイント上回った。
 東門氏は当選後、在日米軍再編による米軍嘉手納基地の自衛隊の共同使用について「自衛隊が入ってくれば、米軍のF15戦闘機が減っても負担軽減にはならない」と反対の考えを強調。国に反対の方針を伝える考えを示した。

在日米軍の「再編」(トランスフォーメーション)協議は、全国各地の自治体で「米軍基地の機能強化、恒久化をもたらす」として、基地や訓練の移転に反対する運動が盛り上がり、当初3月末の見込みだった「最終報告」も、大幅にずれ込んでいます。

審判は明確です。「再編」を名目にして米軍と米軍基地の機能を強化する方針は、撤回すべきです!

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2006年4月21日 (金)

日曜日………

日曜日は、以前いろいろ世話になった知人の結婚式に出席する予定だったのですが、さっき、急に仕事が入ってしまい、欠席せざるを得なくなってしまいましたorz

最近ちょっとお目にかかる機会が少ないこの知人、「何だよ~~。どーせ俺の式には来てくれないんだろ~~」なんていじけるかなあ^^;。まあ、仕事関係でもかかわりもある知人なので上司の1人も招かれているので、代表して行ってもらうことで、知人には勘弁してもらうか。ごめんなさいね。

ところで、私に「どーしても仕事に行ってほしい」とのたまったのは、もう1人の上司なのですが、この上司はさらに、「まあ、君の結婚式の時にまで『仕事に行け』なんて、いわないよ」と1200%ぐらい余計な発言。しかし、日ごろの行いを見ていると、いい出しかねないんですが………^^;。

まあ、もっとも、それ以前に、私めの「結婚」なるもの自体が、果たして将来起こりうるのか………?! どーにも極めて難しそうなんですが(爆)。何せ、近い世代の異性には「コワイ」「ウザイ」で通っているものですから………(苦笑)。それにヲ●クだしな………。まあ、若い異性にわざわざ貧乏クジ引かせることもないか。あははは。

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2006年4月16日 (日)

憲法を語るために憲法を学ぶ運動

労働組合や市民団体でつくる「憲法改悪に反対する東京共同センター」という団体が改憲反対運動の学習交流集会を開くと聞いたので、今日、参加してきました。自民党憲法調査会は12日に、憲法改定手続きの国民投票法案についての素案をまとめ、このなかで「メディア規制」をいちおう削除しました。これを公明党と調整したうえ、民主党なども抱き込もうとしているのが気になっていたものですから。

集会では、有事法制に関する著書・発言で知られる「自由法曹団」の田中隆弁護士が「改憲策動と国民投票法案」について講演されました。国民投票法案について、改憲派は「単なる手続き法だ」とか「憲法に国民投票の規定があるのに、法律が今までなかったという憲法の不備を補うものだ」などと主張しているわけですが、いわゆる護憲派のなかにも「民主的な国民投票法ならよいのではないか」とする人たちがいます。田中先生はまず、国民投票法案自体について、「改憲派が明文改憲を実行するために要求しているもので、国民が要求したものではない。そもそも、目的のない手続法はない」と指摘されました。そのうえで、護憲派のなかにもある“民主的な国民投票なら~”という思いについても、「改憲の国民投票は、米軍基地や原発、合併などの住民要求や権利を実現するための住民投票とは、似て非なるもので、国会の多数で決めた案について投票する“上からの改革”だ」と、釘を刺されました。

国民投票法案自体の問題点については、メディアに対するロコツな規制は削除したものの、「表現の自由を乱用し国民投票の公正を害することのないよう、……自主的な取り組みに努めるものとする」として、“自主規制”として残っていることを指摘され、「マスコミの現状を考えれば、自主規制する危険が強く、規制の本質は変わっていない」と警鐘を鳴らされました。

田中先生はまた、自民党が昨年11月にまとめた「新憲法草案」について、天皇の元首化など憲法の“全面改定”を狙った2004年の「たたき台」と対比して、「新草案」が憲法「改正」を通しやすくするために、「改正」対象を戦力不保持と交戦権否認をうたう9条と、改正手続きを規定した96条にしぼったものだと指摘されました。とくに9条では、9条2項(戦力不保持と交戦権の否認)があったために、自衛隊が海外に出ても、「戦力でない」ことを建前とする以上、武力行使に踏み出せなかったことを強調し、「日本の平和を守る核となってきたのは、9条2項だ。これを変えるのは、海外で米軍とともに積極行動ができるようにするためだ」と力説されました。

また、96条の改定は、憲法改正発議のハードルを下げることで、今後、憲法を「改正」しやすくする、いいかえれば、前回の「たたき台」で盛り込んだ内容は、今回の「改正」が通った次の課題にするということだと指摘されました。合わせて、「新草案」が「個人情報の保護」や「国の環境保全の責務」を盛り込んだことについては、9条、96条の改定をごまかすためのものだと一蹴されました。

この集会で、行政区や職場、大学など都内各地で運動をされている方々が、それぞれの活動を報告されていましたが、多くの方から「憲法を守るためにも、自分自身が憲法をよく勉強する必要性を感じている」と発言されていたことが強く印象に残りました。学校の先生だったと思いますが、憲法の学習会でご自身が講師を務めるハメになってしまい、改めて憲法の全文と自民党の「新草案」を読み比べてみたとおっしゃっていました。また、下町の地域で運動している方は、毎月定例の学習会で、憲法の条文を一条ずつ取り上げて議論を重ね、「やっと半ばまできた」と紹介しておられました。憲法改悪の問題は、目の前で動いている大変な問題ではありますが、だからこそ少しずつでも、こつこつとでも、憲法の勉強を重ねていくことが、憲法を守る発言をし、行動していくうえで、いっそう大切になるのですね。

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2006年4月13日 (木)

民主党はどうなる?

民主党は、メール問題で前原誠司代表が辞任したのにともない、小沢一郎氏が新しい代表に就任しました。任期は全うすることができるかどうかは、知りませんが。

11日の新聞各紙で、その小沢氏に対するインタビューがいっせいに掲載されています。このなかで、小泉首相の靖国神社参拝をめぐって、「朝日」では「首相は参拝すべきでないと」との問いに「そうだ」と答え、また、「産経」記事では、靖国のA級戦犯合祀について、9日のNHK番組で「戦争を主導した大きな責任がある人たちは、靖国神社に本来祭られるべきではない」とのべたことを紹介しています。小沢氏は、靖国へのA級戦犯合祀を批判しつつ、「(戦没者をまつるという)本来の靖国の姿に戻したい」(「朝日」)、「天皇陛下も堂々と行ける靖国神社にすればいい」(「産経」、9日のNHK番組での発言)とのべていますが、靖国神社自体が日本の戦争を顕彰している事実についてはどう考えるのか、インタビューでは全く分かりませんでした。どこかで発言しないものでしょうか。

憲法については、小沢氏はずっと以前から一貫した改憲派であることは有名で、国連決議のもとでの武力行使も主張してきたので、いまさら改めてふれる必要もない感じではあります。が、今回のインタビューでは、一方で、「現実の政治は今の憲法の下でやっている。そちらをなおざりにして改正の話をやっても意味はない」(「読売」)とのべていたのには、面白いと思いました。そうであれば、安易に小泉政権与党の改憲論の土俵に乗らず、現行憲法を現実政治でどう活用されているか(あるいはむしろ、なおざりにされているか)、という検証をきちんとするべきではないかと思います。

しかし、インタビューでは、対中国の関係をどうするかという質問は各紙で見られましたが、イラク戦争への態度や「年次改革要望書」などで大問題となっているアメリカとの関係をどうするのか、という質問は全くありませんでした。インタビューする側に問題意識が全く欠落していることの反映ではないかと思いますが。

これについては、石原慎太郎東京都知事が、

「私は彼を評価しません。あの人ほどアメリカの言いなりになった人はいない。大した党にならないと思うね」「自民党を牛耳っていた金丸信元副総裁らを背景に自民党幹事長を務めたが、アメリカに言われて、造らなくていい公共工事をやって、湾岸戦争の時は、一瞬にして戦費支出を決めた。自民党で一番いい思いをしたのは、あのグループ(旧経世会)じゃないの」

と酷評したそうです(7日の定例記者会見で、毎日新聞の記事)が、この指摘は、その通りだと思います。まあ、小沢氏だけではなく、小泉首相だって、「ポスト小泉」の4氏だって、アメリカいいなりなのは、同じですが。

それにしても、党の「基本政策」や「対立軸」について、「本当は急いだ方がいい。だが、現実問題として国会がある」(「毎日」、「読売」)と発言したことが紹介されていますが、党をつくって何年にもなるのに、自民党との対立軸がいまだに定まらない野党第1党ってのは何なんですかねえ。だいたい代表交代の契機となったこの間の「メール」問題だって、元をたどれば、この自民党との対立軸を定められない民主党の姿勢にあるのではないでしょうか?

民主党は、自民党と「改革競争」をするといって、小泉内閣が成立した時は「応援する」とか、「民主党の方が小泉首相の理念に沿ったものだ」などと主張していました。「市場原理」「規制緩和」万能の「構造改革」推進、「日米同盟」優先という自民党と同じ土俵に乗って、「改革競争」を繰り広げる姿勢では、党の「独自性」なんか示せるはずがないですよ。

民主党の支持が伸びず、この路線が行き詰まると、一転して「追及」路線に切り替えたものの、もともと同じ土俵で「競争」してきただけに、「追及」しようにもその足場、立脚点がないんですから、「手法」や「手練手管」、あるいは「優先順位」で「追及」するしかなかったわけですね。自民党の政治を根本から切り替える方向を示せないため、“有効打”を繰り出せないあせりがあったところへ、「送金メール」の「ガセネタ」に飛びついて、破たんした、というのがこの間の民主党の迷走なのではないでしょうか。

果たして、“小沢民主党”がそれを打開できるでしょうか………。先のことは分かりませんが、難しいんじゃないかなあ………

最後にメディアの役割について一言。小沢氏は、「小泉劇場」を持ち上げたメディアの姿勢を「公正・中立の一線を越えた」(「朝日」)、「マスコミの自殺行為だ」(「読売」)と批判しています。(とはいえ、その小沢氏も、メディアが自民党を追いかけ回すのには、批判しましたが、民主党代表選で小沢氏と菅氏を追いかけ回したのには、ニンマリしているんでしょうけどね)

これに対して「朝日」の星浩編集委員は、

「本来ならメディアも改革の中身を点検しなければならないのだが、郵政総選挙に見られたように、その対応は十分とは言えなかった」、「『改革吟味』の視線はメディアにも向けられている」

とコメントしました。それはそうなのですが、「郵政民営化」をめぐる昨年の「小泉劇場」で、メディアがそのカラクリの「吟味」を何らまともにしないまま、小泉首相の後を追いかけ回したランチキ騒ぎは、小沢氏と菅氏が争った民主党代表選でも、自民党の4氏による「ポスト小泉」争いでも、全く同様に繰り返しています。こう発言した「朝日」を筆頭に、大手マスメディアのみなさん、もうそろそろ、レミングのような振る舞いはやめて、冷静に立ち止まって、慎重に検証する方向に踏み出すべきなんじゃございませんかしらね?

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2006年4月11日 (火)

ベネズエラ革命

左翼政権のもとで、労働者や農民、低所得者らに目を向けた政治を進めている南米・ベネズエラから、革命勢力の代表団が来日しているとのことで、10日に都内で開かれたその「歓迎のつどい」という集会に行って、話を聞いてきました。「東京都アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会」という団体が主催した集会です。

ベネズエラ革命については、新聞や本などで若干読んだことがあり、チャベス政権の成立後、アメリカやそれと連携した財界・大マスメディアなどによる政権攻撃と激しいたたかいを繰り広げ、それを一つひとつ打ち破りながら国づくりをしている……といったことは知っていますが、その真っ只中で活動している当事者の話を聞くというのは、そうそう滅多にあるものではないので、行ってみたわけです。

来日して話をしたのは、フェリーペ・フィゲロア、ジョニ・ニーニョの両氏。どちらも政権与党の一角を占めるベネズエラ共産党の中央委員で、フィゲロア氏は電気技師の労組の書記長を、ニーニョ氏は30年以上中学校の教師を務め、全国中学校教組の幹部を歴任したそうです。

ニーニョ氏が話したのは、ベネズエラ革命の歴史的な背景についてでした。アメリカがラテンアメリカで進めていた新自由主義政策の押しつけに対抗して、国の生産力や石油資源の収益を社会的格差の是正に使っているとしたうえで、さらにこの方向をもっと進めるためには「ただ一つの解決方法しかない」として、「社会主義の建設に向かって踏み出した」と紹介していました。

フィゲロア氏の話は、ベネズエラ革命の現状がテーマで、6年間の革命の具体的な成果をいろいろと紹介していました。このなかで、大変大きく広がっていた貧富の格差を抜本的に是正する政策を進め、とくに教育と医療面での改革に相当の力を入れていると強調していました。教育では、子どもたちの教育を無償化し、高等教育まで含めた教育機関を全国に整備した(通訳の方は「大学を市町村に作る」と訳していましたが、高校ではないのかしら? 少しピンときません)だけでなく、かつて貧困のため教育を受けずに働かざるを得なかった親たちも教育を受けられる仕組みを作ったそうです。

医療面でも治療に必要な医薬品が基本的に無償化されているだけでなく、キューバと連携して視覚障害者(視力が低下した国民ということでしょうか?)に手術を行い、視力を回復させているとのことでした。

また、「『国民が主人公』の参加型民主主義」を憲法で定めているとして、それを「代議制民主主義に対する対案モデルを提示した」ものだと位置づけていました。というのは、「代議制民主主義が社会的格差の進展を許してきた不十分さを持つから」だそうです。具体的には、「社会諸計画」の策定や実行に向け、「地域住民共同体を社会的、政治的、経済的に組織して、国民の権力を作り上げ」て進めていることなどがあるそうです。ベネズエラでは大統領との直接対話を国営テレビなどで放映しているようですが、他には国民投票を常設化するということなのでしょうか。この「参加型民主主義」と国会などの代議制機関がどう補完しあって、あるいは関連付けられて、改革を進めているのか、両者の関係についてはよく分かりませんでした。

時間の関係で、参加者の質疑応答は、あまり時間が取れなかったのですが(しかも最後に質問したおじさんが質問の前に自分の意見を長々と述べたもんだから、後ろから不満の声があがっていました)、ある女性の方が「男女平等はどう進めているのか」と質問したのに対し、ニーニョ氏が「全国女性庁」という官庁や「女性開発銀行」という機関をつくり、男女平等に向けて施策を専門的に検討していること、女性起業家には低利融資を実施していることを紹介すると、会場からどよめきが起こっていました。

まあ、なかなか面白い話でした。ベネズエラが今後、社会主義への道をどのように歩んでいくのか、アメリカや財界勢力の抵抗も相当続くでしょうから、予断を持って言うことはとてもできませんが、なかなか面白い前途があり、理論的に検討を深めていく必要がある問題も、いくつもありそうだし、日本での社会改革を進めるうえでも、いくつかは参考になる点もあるかもしれないなあ、と感じながら帰ってきました。

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2006年4月10日 (月)

いよいよ「資本」が登場です①

東京学習会議の『資本論』講座、9日は「第2篇 貨幣から資本への転化」です。これまでは商品の流通過程と、そこから生み出される貨幣が対象でしたが、今回からいよいよ資本が登場します。講師は駒沢大学教授の明石博行先生に代わりました。

商品と貨幣の流通を見ると、W(商品)―G(貨幣)―W(商品)、つまり「自分が所有する商品を売って、別の商品を買う」という運動とともに、G(貨幣)―W(商品)―G(貨幣)、つまり「自分が所有する貨幣で商品を買い、それをまた売って貨幣を得る」という運動が並存しています。前者の運動は、最初に自分が所有していた商品とは別の商品を得ることが目的なわけですが、後者の運動は、貨幣を得ることが目的の資本となります。後者はしかも、100万円の貨幣を100万円に変えても全く徒労でして、「もっぱら両極の量的な相違によって、その内容が与えられる」(第2篇第4章「貨幣から資本への転化」)ことになります。つまり、この運動の完全な姿はG―W―G’(G+⊿G)によって、ある増加した貨幣を得る運動ということになります。この増加分を剰余価値といい、この運動を担う人間が資本家です。

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2006年4月 9日 (日)

「新沿岸案で合意 政府、滑走路2本建設」(琉球新報)

沖縄・名護市の普天間基地「代替案」問題は、滑走路をV字状に2本建設する案で、政府と名護市長が合意しました。

「新沿岸案で合意 政府、滑走路2本建設」(琉球新報)

【東京】米軍普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沿岸部移設案をめぐる額賀福志郎防衛庁長官と島袋吉和名護市長の協議が7日午後、防衛庁で行われ、離陸用と着陸用の2本の滑走路を設置し、辺野古、豊原、安部の3地区と宜野座村松田の上空を飛行ルートから回避する修正を加えた新たな沿岸案で合意した。島袋市長は「住民地域の上空を飛ばないという大原則を曲げずに折衝し、配慮を頂いた」と評価した。額賀長官は島袋市長との協議に引き続き金武、恩納、宜野座、東の4町村長とも会談し、新沿岸案に了解を得た。8日午前には稲嶺恵一知事と会談し、合意した案への理解を求めるが、稲嶺知事は従来計画以外なら普天間飛行場の県外移設を主張する方針だ。

(中略) 防衛庁と名護市の合意案はシュワブ沿岸案の建設地の内陸側に宜野座村側から着陸する航空機進入用の滑走路を建設。海側には名護市安部側に向かって離陸するための滑走路を建設。V字型に2本の滑走路が造られる。着陸用滑走路は松田上空を回避するため、シュワブ沿岸案の滑走路の向きを反時計回りに18度程度傾けるものとみられる。ヘリコプターの飛行経路は滑走路の沖合に設定される。沿岸案修正でジュゴンの餌場となる藻場の影響面積が増える見込みだ。

…………(゜Д゜)ハア?

当初案の滑走路を移動させるわけでもなく、しかも滑走路を1本から2本に増やして、どうして「住民地域の上空を飛ばないという大原則を曲げずに折衝し、配慮を頂いた」ことになるんですかね? ジュゴンの餌場へ影響する面積も増えるとのことですし。

しかも、米軍がちゃんと住宅地の上空をよけて、飛行してくれるという保障が何かあるんですかね? 米軍が地元や政府と「約束」しても、結局守らないで反故にされるというのは、数え上げればいくつもあるんですがね………。

「地元への配慮」なんて言ってますけど、結局、ていのいい基地強化じゃないですか。沖縄の県知事さん(この方は保守系ですが)も、この案には反対を表明しているとのことですが、当然のことだと思いますね。

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2006年4月 6日 (木)

今日、仕事で拝島(東京・昭島市)に行ってきました。拝島には玉川上水のそばに桜並木が続いていますが、風を受けてちょっとした花吹雪でした。写真はその時、撮ってみたものです。Sakura 自分でいうのも何ですが、あまりいい出来ではないですねえ^^;

しかしまあ、今年も桜が咲いたと思ったら、もう盛りを過ぎつつありますね。うちの近所の街角にある桜などは、もう葉桜になってきています。

ここ数年は、この時期がたいてい仕事でバタバタしていることもあり、花見に行くことが、ほとんどできません。いえ別に宴会をしたいとかいうんではなくて(それもやってないなあ)、ゆったり、ぼーーーっと桜に見入る時間がないなあ………、ということなのですが。

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2006年4月 3日 (月)

アナタの半分は何でできてる?

「成分解析ソフト」というのが大人気なのだそうです。

ITmedia News:「アレの半分は何でできてる? 『成分解析』が人気」

あの頭痛薬は半分が「やさしさ」でできている。それじゃぁ残り半分は……? そんな発想から生まれたフリーソフト「成分解析」が、ネット上で話題を集めている。あなたの名前も意外な成分でできてるかも!?
 「ITの半分は野望で出来ています」「ツンデレはすべてやさしさで出来ています」――単語を入力すれば、どんなものでも瞬時にその“成分”を解析してくれるソフトがある。
 フリーソフト「成分解析」で、3月末からブログやSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)を通じて急激に流行。ユーザは、気になるキーワードを解析しては、面白い結果を報告し合っている。
 例えば、M&Aを繰り返す某IT系企業の社長の名を入れると「45%が野望」「26%が株」と解析され、「なにやら当たってる」と驚いたり、自分の本名を入れて「やらしさ」や「毒電波」「気の迷い」でできていると解析されてへこんだり――単純なソフトだが、思いつくあらゆる単語を入れては一喜一憂してしまう。

そのソフトはここ。私のまわりでも、メールを送ってきて教えてくれた方がおられましたし、ご自身のHPやブログに張っておられる方もたくさんいらっしゃるようです。

で、面白かったので、私もやってみました。

かわうその成分解析結果 :
かわうその77%はマイナスイオンで出来ています。
かわうその12%は海水で出来ています。
かわうその6%は優雅さで出来ています。
かわうその4%は月の光で出来ています。
かわうその1%は苦労で出来ています。

だとさ…………………。何ともいいようがないなあ。

しかし、かわうその成分で苦労はたった1%ですか。「苦労が足りないもっと苦労しろ」といいたいわけですかそうですか。 フン。

で、私のなんかを載せても面白くなかったので、ツワモノをお一人ご紹介します。こーゆー方です。さあ、これをお読みのアナタは何でできていますか^^?

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貨幣って何だ(その②)―光の速さで明日へ通流さ

東京学習会議の『資本論』講座、第3回(第3章「貨幣または商品流通」)の続きです(前回はこちら、また講座に参加しようと思ったワケについてはこちら)。貨幣の第3の機能「貨幣」は、金が鋳貨や紙幣などの代理品ではなく、それ自身で機能しなければならない機能をさし、(ⅰ)「蓄蔵貨幣」(ⅱ)「支払手段」(ⅲ)「世界貨幣」に大別されます。

(ⅰ)「蓄蔵貨幣」。前回紹介したW―G―W(商品A⇒貨幣⇒商品B)の運動で、販売が終了した時点で中断された場合、貨幣が蓄蔵されることになります。商品流通そのものが発展するとともに、商品から転化した貨幣(金)を固持しておく「必要と情熱」も発展し、商品の販売が次に商品を買うためにではなく、商品を貨幣に変えること自体を目的に行われるようになります。こうして貨幣は「蓄蔵貨幣」となります。貨幣はどんな商品とも交換できる「一般的等価物」として、富を一般的に代表するものとなりますが、量的には「1万円」とか「100万円」などと有限なため、貨幣を蓄蔵する欲求は際限ないものになっていきます。

「彼は、たくさん生産すればするほど、それだけたくさん売ることができる。だから、勤勉、節約、および貪欲が彼の主徳をなし、たくさん売って少ししか買わないことが、彼の経済学の総括をなす」(第3章第3節「貨幣」)

(ⅱ)「支払手段」。商品流通では、前回紹介したように「販売」と「購買」は時間的、また空間的に分離しますが、商品流通が発展すると、売り手から買い手への商品の譲渡と、買い手から売り手への貨幣の譲渡も、同様に分離しうるようになります。先に商品が譲渡され、後で貨幣が支払われるようになると、売り手は債権者に、買い手は債務者になります。ここでは、貨幣は「支払手段」となります。

これは、商品の買い手にとっては、現在、手元に貨幣がなくても、商品を購買することができるようになるわけで、さまざまな販売・購買が同時並行で、また連鎖的にできるようになり、商品流通も発達し、また、「振替」や「手形」などの手段も発達するようになります。ただし、商品流通が連鎖的に発達したなかで、この債務が解決できなくなる、つまり貨幣の支払いができなくなると、商品流通の連鎖が破たんし、貨幣恐慌として爆発します。

(ⅲ)「世界貨幣」。貨幣は国内の流通だけでなく、国外との流通に出ると、世界商業で諸商品と相対します。世界貨幣は一般的な支払手段、一般的な購買手段として、また、富が物質化したものとして機能します。

「国際収支の差額を決済するための、支払手段としての機能が、〔他の機能に〕優先する」(同上)

貨幣は、商品の流出入とともに、その逆方向で流入出します。

「金銀は、さまざまな国民的流通部面の間を絶えず往復する。これは、為替相場のやむことのない動揺の後を追う運動である」(同上)

さて、1920年代の世界恐慌を機に、各国で金兌換が停止されるようになり、70年代前半にアメリカがドルと金との兌換制度を停止したことで、金兌換制度は最終的に停止しました。現在は、不換紙幣を中心とした貨幣の供給・流通量を、通貨当局が政策的に管理する「管理通貨制度」に移行しています。このもとでは、貨幣供給量の政策的調節はどの程度、経済の調節機能として有効なのか、裏を返せば、この政策的調節はインフレを引き起こしうるわけですが(流通の必要量以上に貨幣が供給されるとインフレ、逆ならデフレになる)、これも含めて、政策的調節の限界はどこにあるのかという問題があります。

また、金は直接的には貨幣としての役割を失いましたが、間接的には役割を果たしているといえるのか、それはどのように果たしているのかも、重要な問題ですね。

さらに、貨幣の問題としては、信用貨幣、とくに現代の問題でいえばクレジットカードや電子マネーなどによる貨幣の「代理」機能をどう考えるかという問題もあります。まあ、クレジットカードや電子マネーが貨幣の「代理」を行っているといっても、銀行口座にある残高の範囲内でしかないのですが。ここで、カードでいくらでも購入できるかのようにカンチガイすると、その先には“カード地獄”が待っているというわけです。

そのほか、町おこしの手段の一つとして各地で行われている地域通貨をどう考えるかなどといった問題もありますね。こうした問題一つを考えていくにしても、マルクス『資本論』の、この章は一番の基礎となる重要な部分なのですね。

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2006年4月 2日 (日)

NEWS@nifty:「君が代不起立で33人処分」(共同通信)

都立高校の卒業式で「君が代」の斉唱時に起立しなかった教職員33人が処分されました。

NEWS@nifty:「君が代不起立で33人処分」(共同通信)

 東京都教育委員会は31日、3月に行われた都立高校や養護学校、小中学校の卒業式で、校長の職務命令に従わず、君が代斉唱時に起立しなかったなどとして教職員33人を懲戒処分にした。都教委によると、停職3月と同1月がそれぞれ1人、10人が減給、21人が戒告。停職、減給の12人は昨春の卒業式や入学式などでも起立せず処分を受けていた。戒告のうち20人は今回初めて起立しなかった。

「日の丸・君が代」は1999年の「国旗・国歌法」制定時の国会審議でも、時の小渕恵三首相(故人)が「児童生徒の内心にまで立ち至って強制しようとする趣旨のものでなく」(7月21日、衆院内閣委)などと答弁しています。(国会会議録

ところが法制化後の現実はどうでしょうか。東京都教育委員会の中村正彦教育長は、先月15日の都議会予算特別委員会で、

「学習指導要領に基づきまして国歌の指導が適切に行われていれば、学級の大半の生徒が起立しないということは到底考えられません。その場合には、教員の指導力が不足しているか、あるいは学習指導要領に反する恣意的な指導があったと考えざるを得ません」

としたうえで、児童・生徒に対する「適正な指導」とは、「入学式や卒業式等の意義を理解した上で国歌を歌えるように指導すること」だと答弁しています。児童・生徒に対し起立し、歌うように「指導」し、起立し歌う児童・生徒が少なかった場合は、「学習指導要領に反する恣意的な指導があった」とみなして、処分の対象にする。これが強制でなくて何なのでしょうか。国会での首相答弁は大変な重みを持つものであるはずなのですが、どうなっているのか。

…というと、「児童・生徒の内心にまでは立ち入っていない」と、都教委などはおっしゃるのかもしれません。しかし、自らの信条と反して、「起立・斉唱」という外形の行為を求め、応じない場合は教職員の「指導責任」を問う行為は、強制といわざるを得ないと思うんですがね。

だいたい、東京都の知事は「公人にも信条の自由はある」と主張して、内外の批判をかえりみず靖国神社に参拝しているわけですが(それから現在の首相も)、都知事などは一方で、(職責は知事ほど重くないかもしれませんが)やはり「公人」である現場の教職員に対しては、内心に反していても「君が代」の起立・斉唱を迫り、拒否した人に処分を下すというのは、矛盾しているんじゃないでしょうか? このような教育現場の児童・生徒や教職員に対する、国会答弁にも反した強制が許されてよいのでしょうか?

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