« 「在日米軍再編の日本側負担、260.9億ドルに上る見通し=米国防副次官」(ロイター) | トップページ | 米軍再編で「最終報告」 »

2006年4月28日 (金)

「資本」の登場②

仕事やらナンやらカンやらに追われているうちに、すっかり先延ばしになっていました(別に忘れていたわけじゃないんですよ、決して………ええ)が、東京学習会議・「資本論」講座の続きです。(前回はこちら

前回は、商品の販売(W【商品】―G【貨幣】)も購買(G―W)も、価値の変化をもたらさない、したがって商品の流通からは剰余価値は生じないのに、一方で、流通過程であるG―W―G(貨幣を商品に変え、再び貨幣に変える)から剰余価値が生じざるをえない………という矛盾が明らかになったわけです。この矛盾がどのようにして解決されるか、ここがマルクスの経済学の重要なカギとなっているのです。

商品の販売も購買も、価値の変化をもたらさず、貨幣自体が価値の変化を引き起こすこともありえないわけですから、問題は、貨幣を媒介している商品自体にあります。しかし、ある商品のそれ自体の価値が増大することもありません。では、何が変化するのか、どこから変化が起こるのか。この変化はその商品の消費から生じるしかないわけです。つまり、その商品の消費がそのまま価値の源泉となる商品=「それの現実的消費そのものが労働の対象化であり、それゆえ価値創造である一商品」が、商品市場で発見されなければならない、ということになります。

それが「労働力」という商品、つまり「人間が使用価値を生産するたびに発揮する肉体的・精神的な能力の総体」なのです。この労働力が商品となるためには、2つの決定的な条件があります。1つは「人格的に自由である」ということです。つまり、例えば領主のドレイなどではなく、自分の労働力を自分の自由意思で、好きな他人に売ることができなければならない、ということなのです。もう1つは、自分で生産手段を所有しておらず、他人に自分の労働力を売らなければならない、ということです(これを経済学の用語で「生産手段からの自由」といいます)。自分で生産手段を所有していれば、自分の労働力を他人に売る必要はありませんからね。

この「2つの決定的な条件」をマルクスの経済学では、「二重の意味で自由」といいます。この「二重の意味で自由」な労働者は、古い型の経済社会が新しい型の経済社会に移行するなかで歴史に登場するようになります。日本では、明治維新後の「版籍奉還」と、租税制度が「年貢」から金納の「地租」に変わった後だといわれています。資本は、生産手段の所有者が「二重の意味で自由」な労働者を労働市場で見出す場合にのみ、成立するのですから、(資本とともに)「二重の意味で自由」な労働者の登場は、歴史的な一時代を画すものだといえるでしょう。

念のためにいっておきますと、ここで「労働者」というのは、「二重の意味で自由」な賃金労働者のことです。時々、「マルクスは“ブルーカラー”しか重視していなかった」とか「“ホワイトカラー”は労働者ではない」などと、シッタカ顔でのたまう方がいますが、これらはマルクスの経済学を全く誤解したものです。自らの労働力以外に売るべき商品を所有していない「二重の意味で自由」な人は、“ブルー”であろうが、“ホワイト”であろうが労働者なのです!

では、「労働力」という商品の価値はどのように決まるか? それは他の商品と同様、その商品の生産に必要な労働時間の量で規定されるわけですが、では、「労働力商品の生産に必要な労働時間の量」とは一体何なのか? 労働力の生産とは、例えば1日分(あるいは1週間分)の労働力の生産なら、翌日(あるいは翌週)も丸一日働けるよう休息し、生活するということになりますから、結局は労働力商品の所有者が自らの労働力を維持・更新するのに必要な生活手段の総量、つまり労働者の平均的な生活費に帰着するわけです。

もちろん、労働者は技術を習得していく必要がありますし、長い期間には子どもや孫の世代へ世代交代して、全体としては“新陳代謝”していきますから、技能の習得・熟練のための費用や、次世代の労働力の養成費も労働力の価値に含まれます。これらが「労賃」として、労働者に支払われるのですね。また、ある社会の平均的な労働者の生活費がどの程度になるかは、歴史的、社会的に決まります(その最低限界は、肉体的に労働力を維持するギリギリの水準、ということになります)。したがって、社会が変化発展すれば、平均的な生活費の水準もまた変動します。

さて、労働者が自ら所有する労働力商品の、資本家への販売は、労働者の自由意志によって行われます。これを読んでいる方々も、自分の労働力をどの資本家に売るか、いいかえれば、どこに就職するかは、みなさんの自由意思でしょ? そして、資本家とは対等平等な契約を結んで、労働力を販売するわけですよね? 資本家は、労働者から買った労働力を使って、商品を生産するわけですが、実は、ここで、重要な変化がおきてしまっているわけです。これは、次から始まる生産過程の分析で明らかにされていきます。

最後に、「資本論」のこの部分の有名な言葉を、長くなりますが二、三、紹介します。この部分がなかなか意味深で面白いんですよ。

「労働力の消費は、他のどの商品の消費とも同じく、市場すなわち流通部面の外で行われる。それゆえ、われわれも、貨幣所有者及び労働力所有者と一緒に、……生産という秘められた場所に入っていこう。ここでは、どのようにして資本が生産するかということだけでなく、どのようにして資本そのものが生産されるかということもまた、明らかになるであろう」

「労働力の売買がその枠内で行われる流通または商品交換の部面は、実際、天賦人権の真の楽園であった。ここで支配しているのは、自由、平等、所有、およびベンサムだけである」

「この単純流通または商品交換の部面……を立ち去るにあたって、わが“登場人物たち”の顔つきは、すでに幾分か変わっているように見える。先の貨幣所有者は資本家として先に立ち、労働力所有者は彼の労働者としてその後について行く。前者は、意味ありげにほくそえみながら、仕事一途に。後者は、まるで自分の皮を売ってしまって、もう皮になめされるより他には何の望みもない人のように、おずおずと嫌々ながら」(いずれも第4章第3節「労働力の購買と販売」)

|

« 「在日米軍再編の日本側負担、260.9億ドルに上る見通し=米国防副次官」(ロイター) | トップページ | 米軍再編で「最終報告」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73960/9807494

この記事へのトラックバック一覧です: 「資本」の登場②:

» アンケート結果発表ですッ! [Under the Sun -HOME-]
アンケートの結果が出ましたので、お知らせいたします。 皆さん一人々々にお礼をいたしたいところですが、ままなりませんので、この場をお借りしてお礼申し上げます。 トラックバックしていただいた方、本当にありがとうございました。またのご協力、よろしくお願いします。 質問:共謀罪について 全体回答数―67票(実施期間:平成18年4月23~26日)  1.共謀罪に賛成    1票( 1.49%)  2.共謀財に反対   66票(98.51%) わずか4日の間に、実に67票(その他、... [続きを読む]

受信: 2006年4月30日 (日) 午前 01時24分

« 「在日米軍再編の日本側負担、260.9億ドルに上る見通し=米国防副次官」(ロイター) | トップページ | 米軍再編で「最終報告」 »