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2006年5月28日 (日)

「愛国心」、、、結局「評価」しようというんじゃないか!

教育基本法改定案の本格的な質疑が国会で始まりました。基本法に「愛国心」を盛り込めば、教育の現場がどうなっていくのか。小坂文部科学相は質疑で「内心を直接的に評価してはならない」と答弁しましたが、果たして実際には、どうなるんでしょうか?

asahi.com:「『愛国心』の評価、行き過ぎ指導へ 文科相」

 小坂文部科学相は26日、愛国心をランク付けする通知票が一部の小学校で使用されていることについて「内心を直接的に評価してはならないと学校長会議や教育長会議で伝達している。通知票に行き過ぎがあれば、学校長の理解を求める努力をしていきたい」と述べ、通知票を通じた強制にならないよう指導する考えを明らかにした。教育基本法改正をめぐる衆院特別委員会で横光克彦氏(民主)に答えた。
 小坂氏は「内心の強さをABCで評価するなどとんでもない」とする一方、使用された通知票に「平和を願う世界の中の日本人としての自覚」などが併記されていることを挙げ、「愛する心情を持つことだけを評価しているわけではない」とも語った。小泉首相は24日の同委員会で「こういう項目は持たなくていい」と評価自体を不要としている。

後半部分で紹介された24日の小泉首相の答弁は、共産党の志位和夫委員長の質問に対するものでしたが、志位氏と首相との一問一答を紹介した「しんぶん赤旗」25日付)によると、首相はこの時、「評価するのは難しい」とものべたそうです。

じゃあ、「愛国心」を「評価」することはやらない、ということなのか? どうも、文科相によると、そんなことはないようです。

「『愛国心』は総体的に評価 衆院特別委で文科相」(東京新聞=共同通信)

 小坂憲次文部科学相は26日午後の衆院教育基本法特別委員会で、同法改正案成立後の「愛国心」をめぐる評価の在り方について「総体的に評価できるようにする」と述べ、国を愛することだけに限定せず、教育の目標として明記した「伝統と文化の尊重」「国際社会の平和と発展に寄与」などと一体として評価をする考えを示した。
 その上で「成立すれば現場で適切な指導が行われるよう学校長や教育長会議の場を使って通知する」と述べ、指導を徹底する考えを示した。
 社民党の保坂展人氏への答弁。
 民主党の山口壮氏が「教育に対する最終責任は国が持つべきだ」とただしたのに対し、文科相は「国と地方自治体が適切な役割分担と協力の下にそれぞれ責任を果たすことが重要だ」と強調した。

つまり、他の項目と「総体的」になら「評価」するということなんですね。だまされるところでしたよ。先ほど紹介した24日の志位氏と首相との質疑で、志位氏が取り上げた福岡市の小学校の事例では、「愛国心」とともに「我が国の歴史や政治、我が国と関係の深い国の生活や国際社会における我が国の役割を理解している」などの項目とが“一体”に並べられています。

この福岡市の事例は翌年から取りやめになったそうですが、「愛国心」を「評価」していたのは、福岡市だけではないのです。埼玉県では、51校が現在も「愛国心」について「評価」を行っているというのです!

埼玉新聞「熊谷も6校 県内51校に『愛国心』通知表」

 県教育局は二十五日、小学六年生の通知表の社会科の評価項目に「国を愛する」を盛り込んでいる小学校が、熊谷市内で新たに六校あることを明らかにした。これで「愛国心」評価をしている県内の小学校は分かっているだけで計五十一校となった。
 同局は今月中旬、愛国心の評価を通知表に盛り込んでいるかについて七十市町村教委(さいたま市除く)を調査。通知表は各校で作成するため、熊谷市教委が「把握してない」と回答したのを「なし」と判断していた。
 二十四日の教育長定例会見で、同局が行田、鴻巣、深谷の三市と寄居、騎西の二町の四十五小学校が愛国心の評価を通知表に盛り込んでいると公表したため、熊谷市があらためて調査したところ、六校あることが判明した。

こうしたことが行われる土台には、学習指導要領の「道徳」で、

「わが国の文化と伝統に親しみ、国を愛する心をもつとともに、外国の人々や文化に関心をもつ」(小学校3、4年)
「郷土や我が国の文化と伝統を大切にし,先人の努力を知り,郷土や国を愛する心をもつ」(小学校5、6年)
日本人としての自覚をもって国を愛し,国家の発展に努めるとともに,優れた伝統の継承と新しい文化の創造に貢献する」(中学校)

という項目が明確に盛り込まれていることがあります。

全国各地の学校では卒業式、入学式に「日の丸」掲揚、「君が代」斉唱が行われています。国旗・国歌法には、国民に強制する規定が全くないし、法案の国会審議でも“強制は行わない”“内心の自由は侵害しない”と首相が答弁しましたが、それにもかかわらず、学習指導要領で「指導するものとする」とあることが、各地での強制の根拠になっています。

とくに東京都教育委員会は、教職員が起立・斉唱しない場合、その教職員を処分し、児童・生徒の多くが起立・斉唱しなかった場合も「教員の指導力が不足しているか、あるいは学習指導要領に反する恣意的な指導があったと考えざるを得ません」として、やはり多くの教職員を処分しています。(起立・斉唱の「徹底」や「違反」した教職員の処分を迫った自民党・古賀俊昭都議の質問

こうしたことがまかり通っているもとで、同様に「愛国心」が基本法に明記された場合、法自体に強制の規定がなくても、どういう事態になるかは、火を見るよりも明らかだと思います。

私自身は、前回も書きましたが、私なりの考え方でこの国を愛していますし、その立場から私なりの方法で行動をしています(十分かどうかは別として^^;)。しかし、国家から「これが愛国心であり、これが正しい、あるべき愛し方だ」などと提示されたり、さらに、行動がそれに沿ったものであるかどうかについて何段階かで「評価」されたりするなんて真っ平ごめんです!

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コメント

国家による愛国心の評価や強制っておかしいよね。

理由は二つあります。

ひとつは、何をどの程度、どのように愛するかは、個人の自由だからです。

もうひとつ、そもそも「国」=「統治権力、国民、国土」とかいわれるけど、「国」の本質は、あくまでもその統治権力です。すると、愛国心は「権力を愛せよ」ってことになる。それって人としていかがなものかと。

自分がすでにいま権力者であるか、あくなく権力を求めている権力志向の人間以外には、意味不明です。また、僕は、「国民」とか「国土」という限定された形で、人を愛したり、自分の住んでいる土地を愛したりしたくない。この意味で「国」を広義に定義したとしても「愛国心」などというものは、なんか持ちたくないですね。

すなわち、「愛国心」という概念にはほとんど有益性がないと思っています。

いわゆる「真の愛国心」もあるのでは、という議論があるのも知っています。植民地支配下に置かれた国の国民が民族独立を目指すときなどを想定しているのでしょう。しかし、それは別に「愛国心」をもたなくても、不当な支配を跳ね除けようとするのは、たんに人として当然であるといえばすむことではないでしょうか。そうすれば、在留外国人など、国民以外の人たちも包摂できるしね。

だれかがいっていた。

教育基本法「改正」論者は、「戦後教育には、公共性をはぐくむ側面が欠けていた」というようなことをいうが、愛国心もまた利己主義ではないのかと。

真の公共性は、すべての人間にたいして、開かれているものだと。

投稿: らっくん | 2006年6月 3日 (土) 午前 01時21分

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