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2006年7月 6日 (木)

「24時間~」の続き(オマケ)

先日書いた記事「24時間タタカエマスカ?」に対して、ばぶさんからコメントで、

長時間労働していても剰余が出ないとしたら、それは、何が問題なんでしょうか?

労働力が必要以上に高い価格で交換されているということでしょうか?

との質問をいただきました。これにからむいくつかの点について、順を追って考えてみたいと思います。(「ゴタク多過ぎ」といわれそうですね^^;)

まず、前提となる考え方なのですが、ここでは、あくまでも理論的な考察として、資本主義的生産を“純粋”な形態で考察し、商品がその価値どおりの価格で販売されていると想定しています。したがって、労働者が持つ「労働力」という商品も、その価値どおりに販売されると想定しています。(もちろん、現実には、賃金が切り下げられたり、労働させながら賃金を払わない「サービス残業」のようなことも多いわけですが、ここでは省略しています)

また、この考察では、資本は、物としての商品を生産する「産業資本」を想定していますが、資本家が、生産した商品を販売して取得するのは、「利潤」という現実の場面で見られる形態(同じような概念として「利子」や「地代」があります)ではなく、これらの元になる「剰余価値」という経済学の抽象的な概念です。「剰余価値」が「利潤」、さらには「平均利潤」として現れることを前提とした「商業資本」や、「利子」の分配を受ける「利子生み資本」(≒銀行資本)、あるいはいわゆる「サービス産業」も、まだ登場していません。(「サービス産業」の性格については、専門的な研究者の間でも意見が分かれている問題ですが、ここでは省略します)

なお、ばぶさんがおっしゃる「剰余」は、おそらく企業財務で見られる「剰余金」などをさしているのだろうと思います。これは利潤の主要な形態の一つで、剰余価値が転化したものではありますが、「剰余金=剰余価値」ではありません。「てゆーか包含関係?」。また、企業財務では、実態では利潤なのに、さまざまな「引当金」「準備金」の中に潜り込んでいることが、まま見られます。

以下では、上でのべてきたことを前提にして、考えてみます。

労働力の価値と同額の価値を生み出すのに必要な労働時間(これを「必要労働時間」ということは、前々回のべました)よりも長く労働すれば、剰余価値を生み出します。すると、長時間労働しても剰余価値が実現できないという状態は、おもに、生産した商品が、資本家が労働力と生産手段とに前貸し(投資)した資本価値の価値の程度しか売れない場合に起こります。

もちろん、現実の資本運動では、商品が価値どおりに販売されないことが、しょっちゅう起こります。まず、供給過剰や需要の縮小など、さまざまな事情で商品価格が急激に下落する場合、生産した商品が全部売れたとしても、前貸しした資本価値分までしか回収できず、剰余価値を獲得できないことがあります。あるいは、生産手段や労働力を本来の価値よりも高い価格で買わざるをえなくなり、必要以上に費用がかかり過ぎた場合にも、商品を価値どおりに販売しても(生産された商品の価値は、社会的に必要な労働量によって決まります)、本来の剰余価値を得られないことになります。

なお、より具体的に、現実に近い形で考えていくうえでは、「剰余価値」という抽象的な概念でなく、これを「利潤」という具体的に現れる形に即して考える必要があります。このもとでは利潤を「効率的」に獲得する、つまり資本に対する利潤の比率(利潤率)を上げるため、①不変資本への支出を減らす②剰余価値率を上げる―などの手段が取られます。具体的には、①では安全対策などの設備を後回しにするといったことがよく行われますし(最悪の形で現れたのがJR西日本などの事故です)、②では労働生産性を上げたり労働強化を進めたりということがあります。また、賃金の総額を抑制するため、「サービス残業」を行わせたり、非常勤職員を多用したり、といったことが、よく行われています。

利潤があがらない場合は、費用価格(資本が購入する生産手段と労働力の価格)が大き過ぎるケースや、生産した商品の価格が本来の価値から下落するケースなどが考えられます。(利潤も実際には、さまざまな資本や産業部門同士の競争と、資本の相互移動を通じて、資本規模に応じて平均化された「平均利潤」を形成しています)

では、産業資本ではない(物としての商品を生産しない)資本、例えば「商業資本」や「利子生み資本」(銀行資本など)の場合はどうなのか。商業資本は自分で商品を、したがって価値を生産するわけではありませんが、産業資本が行っていた流通の活動を専門的に引き受け、産業資本が生産した剰余価値(⇒利潤⇒平均利潤)の一部を「商業利潤」として受け取ります。利子生み資本は資本家や労働者などの手元で遊休している貨幣を集め、他の資本に貸し付けて利潤を生み出させ、その一部を利子として受け取ります。

商業資本の場合も、費用価格(仕入れた商品の価格と、商業資本独自の労働手段や賃金)が大き過ぎたり、販売する商品の価格が下落したりすれば、本来の利潤が得られなくなりますね。

いわゆる「サービス産業」資本の問題については、省略します。ただ、「サービス産業」の一つである医療・福祉(ここでは福祉機器の製造などではなく、ケアサービス)などの部門ではどう考えることになるか、少しだけ見てみたいと思います。とくに日本の場合は、医療や高齢者・障害者福祉が行政による保険制度として運営され、診療報酬をはじめサービスの価格や、職員の配置などの基準が行政によって設定されています。

このもとでは、例えば職員を公的基準以上に手厚く配置したり、基準以上の設備を設けたりすれば、当然その分の賃金は事業体(資本とは限りません)の“持ち出し”になり、獲得できる利潤(非営利の事業体では「利潤」とはいいませんが)はその分だけ少なくなるでしょう。逆に職員体制を非常勤中心にシフトさせれば、賃金の総額を抑えることができるので、利潤を増やせるようになるでしょう。

………などなどと、具体的に、また、細かく考えを進めていけば、さらにいろいろな問題が出てきますが、とりあえずは、このあたりで打ち止めにしておきたいと思います。

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コメント

ちょっとわかった気がする。

例えば、退職金引当金をどの程度積むかの判断で、決算はかなり変化する。

でも、公認会計士の助言通りに積んでいたら、事業がどうにもならない。キャッシュフローを見てみると、退職金倒産しかねない。

で、損益計算書を見ていると、事業損益の時点で既にマイナス。(泣)計算書を読む限りでは、やはり正規職員の人件費の伸びが突出している。

年功序列賃金体系の弊害が良くでていると思う。
管理職より、平社員のままで、残業代を全部つけていた方が給与が高くなる変な会社だからね。

リストラもなく。責任も背負わず。っていうのが、報われるとしたら、企業としてはまずいでしょ。

投稿: ばぶ | 2006年7月 7日 (金) 午前 12時57分

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